あさかぜみずほの趣味活動記録簿

旅行記や主に飛行機の写真をひたすら載せ続ける、趣味のブログです。たまに日記らしき投稿もあり…?

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冬の北陸ヨンイチサンづくし - 3日目【前編】(2021年12月22日)

今日は朝からあいにくの雨模様、しかもちょっとみぞれっぽい寒い朝となりました。大浴場で体を温めて、ちゃんとホテルの朝食も食べてからチェックアウトしてきました。
今日はさすがに413系には乗らず、一目散に北陸新幹線で東へ進みます

在来線のホームには氷見線城端線への送り込みのためか、キハ40系が停車していました。

 

キハ40系の奥に停車していたのは昨日おとといでさんざん乗った413系です。青色一色に塗られた「北陸地域色」は、当時のJR西日本が車両の塗装費用を少しでも節約するべく考え出した苦肉の策でした。
まぁ結局塗り替える手間もかかるので全て青一色になることはなく、昨日見た「新北陸色」も生き残ったわけですが…

 

 

富山から新幹線で30分弱、糸魚川に到着です。あいの風とやま鉄道とえちごトキめき鉄道を乗り継いで来ると1時間20分もかかるので、新幹線のスピードは圧倒的…!料金が高くなっても恩恵は十二分にあります。

これから11年ぶりぐらいに大糸線に乗るわけですが、時間に余裕があるので周辺を散歩することにします。

 

駅からまっすぐ10分ほど海の方向に歩いてくると「日本海展望台」に出ました。文字通り目の前に広がる日本海を一望できる場所です。

雨模様だし風も強いしで、今日の海はだいぶ荒れ気味です。海岸線にずっと並ぶ消波ブロックには白い波が絶えずしぶきを上げて打ち付けており、いかにも冬の日本海という感じ。

 

 

展望台から糸魚川に戻ってくる道路には宝石が採れる岩が並べられています。その中にはもちろん糸魚川を代表するヒスイの原石も並んでいました。
この白っぽい岩を見ただけでは、あんなに美しい緑色の宝石が出てくるなんて想像もつきません…

糸魚川駅構内の「ヒスイ王国館」ではヒスイを使ったアクセサリーなどが販売されています。ミャンマー産のヒスイ製品は手が届きやすい価格帯のものもありましたが、地元糸魚川産となるとゼロの数が2つぐらい増える…

 

www.itoigawa-base.com

 

 

昨日少しだけ外から眺めた「ジオステーション ジオパル」に入ってみます。ちょうど10時から鉄道模型のレイアウトがあるエリアもオープンするようなので、鎮座しているキハ52を眺めながら待つことにしました。

ドドンと置いてあるキハ52はもちろん本物で、2004年3月まで大糸線で運用されていた車両です。引退当初はオレンジ色というか「タラコ色」でしたが、展示にあたって修繕を行う際に色も塗り直すこととなり、投票の結果クリームと朱色をまとった「国鉄標準色」へとお色直しされました。

 

www.itoigawa-kanko.net

 

 

車内にも入れます。
変に国鉄時代を復刻させるような改修は行わず、中身はJR西日本で運用されていた時代そのままです。小田原機器製らしき運賃箱がそのまま置かれているのも、現役当時の雰囲気があっていいですね。

 

展示車両なので車内は飲食禁止となっていました。このボックスシートの雰囲気を味わうことができる現役の車両もずいぶん減ってきています。
反対側の運転台には冬の大糸線の前面展望映像が流れています。走行音が明らかにキハ120系なので、キハ52形が現役を退いたあとに録画された映像のようです。「ちゃんとキハ52の映像を」というのは贅沢すぎでしょう。

 

運転席はずいぶん狭苦しく感じられます。何ならいま使われているキハ120系の方が広いんじゃないかというぐらい。

国鉄時代は車両の設計や目的が同じでも、1両あたりのエンジンの台数で形式が違っていました。キハ52キハ20系列に分類される車両で、元々はエンジンを1台搭載した一般型車両です。その中から勾配の多い線区に対応させるために2台のエンジンを積んだ車両が誕生し、国鉄のルールによって形式が変わってしまったのがキハ52

キハ20系一族はJRの線路上からは姿を消してしまいましたが、キハ52形が千葉県のいすみ鉄道でイベント用車両として運行されています。
また同じ千葉県の小湊鐵道では、正面こそオリジナルの「京成顔」ですがその他はそのままキハ20系、というキハ200形が未だに主力車両として運行されています。興味が出た方はぜひ乗りに行ってみてください。

 

昨日も見たレンガ車庫の正面アーチ。左端のアーチにはキハ52のあるところまでレールがつながっています。このレールを使ってキハ52が引っ張り出すことができるようになっていて、基本的にはイベント時や毎月第2・第4日曜日に展示されるとのこと。より現役時代の雰囲気を楽しめます。

 

10時になって「鉄道ジオラマステーション」のコーナーがオープンしました。糸魚川の地形を再現した大型のNゲージレイアウトがど真ん中に設置されています。
単なる展示ではなくレンタルレイアウトになっているそうで、車両を持ち込むなら1線あたり30分200円で利用可能とのこと。JR西日本で運転されていた車両を走らせれば思い出に浸れそうですね。

他にも糸魚川近辺のを中心に他の地域の鉄道グッズも展示や販売がされており、本当に入館無料でいいのかしらと心配になってしまうぐらい充実した施設です。
大糸線に乗りに行った時は、ぜひここも乗り継ぎの合間に立ち寄ってみてください。

 

時間になったので早めに構内に入って座席を確保しておきましょう。
10:31発の南小谷ゆきは繁忙期でもないのに2両編成で入線してきました。18きっぷシーズンが始まったからでしょうか?実際に乗る人もそれなりにいて、前の車両は6割程度の席が埋まるぐらい集まりました。2両目はあさかぜを含めて4人しかいないので、人数だけで見れば1両で足りそうな気もしますが。

旅慣れしてなさそうな騒がしいオッサンたちが幸いにして前の車両に集まってくれたので、2両目はありがたく心を落ち着けて静かに過ごせそうです。

 

車両は去年の10月に何時間も乗ったキハ120系のリニューアル車旅行記にもかろうじて残している2011年9月の旅行記では座席の様子に一切触れていないので、リニューアル前の当時がどんな内装だったのかはさっぱり思い出せませんが…

しかもあの時は動き出すなりすぐ寝落ちしていたので、車窓の記憶も何一つとしてありません。今回は何も記憶が残っていない、なんてことがないようにしなければ…

 

ヒスイのイメージが強い糸魚川エリアですが、実は工業都市でもあります。特に有名なのは化学品メーカーのデンカでしょう。糸魚川市の西の端にある旧青海町には1921年に工場が建設されており、糸魚川駅のアルプス口からはデンカ社員専用の送迎バスが発着しています。

写真に見えているのはセメント工場と火力発電所です。市内の黒姫山などからは石灰石も産出するため、太平洋セメントの子会社が大きなセメント工場を構えています。
その隣には石炭とバイオマス発電所が1つずつ。プラントや煙突がいくつも立ち並んでいました。

 

根知糸魚川ゆきの列車と行き違いました。この駅は「大糸北線」と呼ばれるJR西日本区間で、唯一行き違いができる駅です。
交換設備があるからといって利用者数が多いわけではなく、1日の乗車数は平均1人もはや信号場のようなもの。

糸魚川ゆきは1両で運転されており、座席がおおよそ埋まるぐらいには乗っていたようです。

 

大糸線は姫川の両岸を行ったり来たりしながら登っていきます。川の落差を使った水力発電所が目につくようになりました。ダムや堰堤は車内からだとほとんど見えないものの、発電所は少し開けた場所にあるのでよくわかります。

写真に見える黒部川電力は主に姫川沿いに水力発電所をいくつも保有しており、北陸電力とデンカの青海工場へ送電しています。

 

雪は糸魚川を出た時点ではほとんど目につきませんでしたが、山に分け入るにつれてだんだん白さが増してきました。冬の間にこうして降った雪が春先になって谷間を流れる姫川に流れ込み、豊富な電力を生み出していくわけですね。

 

広々とした構内の平岩駅も見た目にそぐわず行き違いのできない駅で、駅舎から離れた側の線路のみ残されています。今は冬なので乗降客はいないに等しいですが、夏になると白馬山への玄関口として登山客で賑わうのだそう。

糸魚川から20kmも走ってきましたが、この駅までが糸魚川市内。ずいぶん広いんですねぇ。
ここから何度か新潟と長野の県境をまたぎますが、駅の所在地は次の小谷駅から長野県小谷村となります。

 

ところどころこのように堰堤が見えます。落石や落雪を避けるための覆いの中から見えるので、写真を撮りづらいのが難点ですが…

先ほどの黒部川電力だけでなくデンカ自身も自社の水力発電所を川沿いに構えており、山肌に這わされた太い送水管を何カ所も車内から見ることができます。

 

糸魚川からおよそ1時間、終点の南小谷に到着しました。「こたに」ではなく「おたり」と読むのが特徴的。
地名の由来は定かではないそうですが、元々この近辺が麻の産地で「麻垂」と書いて「おたり」と呼ばれており、鎌倉時代中期から「小谷」と書かれるようになって今に至るという説があるそうです。

 

2011年9月には松本からここまでジョイフルトレインリゾートビューふるさと」に乗ってきたことを思い出します。あの時はあまり意識したことはなかったのですが、こんな駅前すぐのところに姫川が流れていたんですね。

 

>>つづく<<