一方のボーイング。747-400でいくらハイテク化を果たしたとはいえ、登場から20年近く経った機体ではどうしてもA380に見劣りしてしまいます。自社でも787のような最新技術を注ぎ込んだ機種が登場間近ですし、双発機の777シリーズも着実に勢力を伸ばしていました。
特に777-300ERはクラシックジャンボ並みの収容力と-400に少し劣る程度の航続距離を発揮し、しかもエンジンの数は半分の2つとあって整備面や経済性でも優れていました。実際に多くの航空会社が-400を含めたジャンボの後継機として導入を進めており、このままでは747の立つ瀬がありません。
そうはさせじとボーイングは次世代の747の設計に着手したのです。
● 操縦席
グラスコクピットを採用した-400のものをさらに発展させ、787の技術も反映させた最新のものになりました。もちろん2名乗務です。
● 主翼
技術の進歩を反映し、主翼は完全な新設計となりました。-400の象徴の1つだったウイングレットは廃止され、代わりに777や787で導入されたレイクドウイングチップへと変化。そのせいで-400よりも全幅が広がってしまいましたが、A380よりは狭くて済んでいるのでまあよし。
低速で飛んでいるときに展開される主翼後縁のフラップは、やはり技術の進展を受けてより簡略な構造としつつも同じ性能を発揮します。「トリプルスロッテッド(三重隙間)フラップ」という複雑なフラップがなくなり、整備性が向上しました。
ちなみに主翼各部の動作は、パイロットの操作を電気信号に読み替えてコンピュータが制御する「フライ・バイ・ワイヤ(FBW)」となりました。機体後部の垂直尾翼と水平尾翼は従来通り油圧で動作させるので、777や787、あるいはA380のように全面的なFBWとはなっていません。
<-400シリーズの特徴でもある三重隙間フラップ。性能は高いが重くて整備も大変>
<フラップの構造が簡単になった-8シリーズ。性能は-400のものとほぼ同じ>
● エンジン
なお-400までは3社から選べたエンジンはGEnx一択となりました。
● 胴体
貨物型も同じく長い胴体となりましたが、アッパーデッキ(2階客室)は-400Fまでと同じく短いままとなり、より胴体の長さが際立つようになりました。
● 客室
機内もやはり787の技術が生かされ、頭上の手荷物棚(オーバーヘッドビン)は収容力が高まりました。形状も丸みを帯びた形となって、機内の空気の対流にも配慮されています。
信頼と実績のある747シリーズに最新技術を取り入れた最新鋭の「ジャンボ」。
787の技術と、旅客型の航続距離である8,000nm(ノーティカルマイル=海里)から取って747-8とナンバリングされました。さらに旅客型には「Inter Continental インターコンチネンタル」という愛称までつけて売り込みを始めます。
■ -8F
-8Fの航続距離は8,130kmと短いものの、積載量は130tにも達します。もちろんノーズカーゴドアも装備しているので長大貨物にも対応。純民間の貨物機としては他を寄せ付けない能力です。
全幅×全長×全高:68.5×76.3×19.4m
離陸重量:449,056kg
航続距離:8,130km
積載重量:134,000kg
初就航:2010年2月
製造機数:106機
<NCAがローンチカスタマーとなった-8F。同社は10機を運航中>
■ -8 InterContinental
実績あるジャンボの最新型として、-400シリーズからの置換え需要が続々と集まってくる…はずでした。
フタを開けてみれば、発注したのはルフトハンザ・ドイツ航空、大韓航空、中国国際航空の3社だけ。あとは大金持ちのプライベート機や国家の専用機などで、受注数は-400に遠く及びません。ライバルのA380は3倍以上の受注を集めたというのに…!
運航が始まっても注文は集まらず、生産機数は3ケタにも遠く達しませんでした。
全幅×全長×全高:68.5×76.3×19.4m
離陸重量:447,696kg
航続距離:14,815km
座席数:467席(3クラス)
初就航:2012年4月
製造機数:47機
<記録的不振となった旅客型のインターコンチネンタル。毎日来ていた羽田の方が世界的にレア>
○ 双発機の時代へ
ボーイングが自信満々に送り出した最新型ジャンボの747-8、特に旅客型のインターコンチネンタルは全くセールスが振るいません。
というボーイングのちょっと強引な予想はきれいさっぱり外れてしまいました。
ほとんどの航空会社は収容力と話題性ならA380に、経済性ならB777に、と選択肢が分かれます。さらにはボーイング自身が777-300ERより大型の777-9X(2クラス標準425席)の開発を始めたことで座席数の差が縮まり、なおのこと747でなければいけない理由がなくなってしまいました。
そして貨物機にも双発機の時代がやってきています。
やはりここでも777の貨物型である777Fが進出してきました。ノーズカーゴドアがないので長物こそ積めませんが、側面のカーゴドアから入るものであれば積載量は100tにも達します。-400F型とは10tぐらいの差しかありません。
そんなわけでエンジンの数が倍あって整備コストのかさむ747-8Fをあえて選ぶ理由も弱くなってしまいました。ボーイングの製品がボーイングの需要を食い潰す、という747にとってはなんとも皮肉な展開です。生産のペースを下げてなんとか製造ラインを維持してきましたが、やはり「今後の需要は見込めない」と判断され、ついに2022年での生産終了が決定してしまったのです。
<貨物機でもジャンボキラーとなった777F。3発機MD-11の置換え需要も担う>
当初は好調だったライバルのA380もやはり新たな受注を見込めず、2019年に2021年での生産終了を発表済み。こちらも双発機が中心の時代についていけなくなってしまったからでした。
飛行機の世界は急速に移り変わりました。
技術の進歩で小型機も中型機も飛べる距離が大きく伸びています。大きな拠点に人を集めて拠点間をB747やA380のような超大型機で運ぶ「ハブ・アンド・スポーク方式」というスタイルは、今までほど重要ではなくなってきました。小~中型機で目的地間を直接結ぶ「ポイント・トゥ・ポイント方式」へ回帰する流れになりつつあり、「デカい上にエンジンの数が多くて整備が大変な4発機はお荷物」と考える航空会社も少なくありません。
結果として、ボーイングが747-8の開発に当たって予測した「超大型機の需要は1,200機」という数字とは全く違うものになってしまったのです。
伝統の「ジャンボ」とそこに殴り込みを掛けてある程度成功したA380は、急速に移り変わる時代の波に乗れず、歴史に名を残した上で表舞台から追いやられつつあります。
超大型機時代は終るのか—新しい広胴型機の登場で747とA380の製造ラインは苦境に - TOKYO EXPRESS
「超大型機の終焉」という歴史的な出来事を目の当たりにできたことは良かったのか悪かったのか、私は複雑な心境です。
■ おまけ - 日本国政府専用機B-747
空自の装備名では「B-747」とされていましたが、機体はまさにBoeing 747-400。2機が用意され、皇族の海外訪問や首相の外遊といった任務の際は基本的に2機が行動を共にします。片方が本務機、もう片方は予備機です。
2019年夏前に「B-777」ことBoeing 777-300ERへと役割を継承。引退後は機体は海外に売却され、第2の人生を歩むことになりました。航空会社ではファーストクラスにあてがわれるメインデッキ(1階客室)最前方の場所には、皇族が利用する貴賓室が設けられていました。
貴賓室は引退と共に取り外され、現在は浜松市にある航空自衛隊浜松広報館「エアパーク」と、小松空港に併設の「石川県立航空プラザ」に展示されています。両方とも触れることはできないもののすぐそばまで近寄って眺めることができるので、機会があればぜひとも訪れてみたいところです。
<隅々まで磨かれていてとても美しい機体。ここまで近寄って撮影できたのも基地公開ならでは>
参考文献:
一般財団法人 日本航空機開発協会「主要民間輸送機の受注・納入状況(2020年8月末現在)」 http://www.jadc.jp/files/topics/90_ext_01_0.pdf (2020年9月13日10:50閲覧)