「南風3号」の向かい側からは12分の接続で特急「あしずり3号」中村ゆきが出発します。こちらは2700系2両編成でグリーン車はなし、指定席も1号車の半室だけとコンパクトな構成です。
南風がだいぶ混み合っていたので、それと接続を取るあしずりも混みそうだなぁ…と指定席を取ってありましたが、予想に反して空席だらけ。多くの人の目的地はやはり県都の高知だったようです。
高知を出ると海沿いを走るようになりました。車窓にはしばしば青々とした太平洋が姿を見せて、南国までやって来たんだという実感を抱かせます。
窪川から土佐くろしお鉄道中村線へと入っていきます。元々は土讃線を延長する形で1963年に窪川~土佐佐賀間が開業、1970年に中村までつながって国鉄中村線として全通します。
しかし建設主体が「日本鉄道建設公団」、いわゆる「鉄建公団」ということからも容易に想像がつくように、やはり1986年には特定地方交通線という「単独ではメシを食っていけない路線」に選ばれます。
民営化後の1988年にJR四国から第三セクター鉄道「土佐くろしお鉄道」が引き継いで運営を続けていますが、お役所仕事で窪川~中村間をまるごと土佐くろしお鉄道に移管した結果、窪川に発着する予土線の列車が1区間だけ私鉄路線を通ることになってしまいました。
現在でも運賃は別立てで計算されており、青春18きっぷなどを利用していると予土線の車内で窪川~若井間の運賃を別に支払う必要があります。お忘れなく。
アンパンマンになっていない標準的な2700系の車内はこんな感じです。座席の形がどうにも見たことのあるなぁ…と思っていましたが、やはりE5系新幹線と同じものを使っているようですね。
グリーン車と同様、やはり枕は装着されていません。
先ほど「しまんと3号」は1号車の半分が指定席、という話をしました。「南風3号」も2号車の半室が指定席となっていましたね。
この指定席と自由席の境界にはこれといって特に明確な目印はありません。天井に小さく「自由席」「指定席」という標記と、ヘッドレストカバーが青い「指定席」になっているかが判断基準になります。
柔軟に切り替えができるので合理的といえば合理的ですが…
やはり初見の人にはわかりづらいらしく、高知発車後も「ここは指定席なので」と車掌に誘導されていたおじいちゃんたちがいましたし、ずいぶん前に別の列車に乗ったときも同じような光景を見ました。
ちゃんと見渡せばわかることではありますが、混雑している時期に自由席だと思ったら違った、なんて時には哀れな展開にはなりますね。
終点の中村では6分の連絡で宿毛ゆきの普通列車に乗り換えができます。ほとんどの特急「あしずり」は中村までで、1日1.5往復だけが高知から宿毛までを走り通します。
普通列車もほぼ全てが中村を境に運行が分かれていますが、基本的に中村で特急列車に接続するので高知市へのアクセスは良くなるように考えられているようですね。
宿毛線は海から離れて内陸部をほぼ一直線に貫いていきます。鉄建公団らしい高規格線路ですが、こちらは収益が見込めないということで開業前の1981年に一度建設が凍結。土佐くろしお鉄道となってから建設が再開され、1997年に宿毛~中村間が開業して現在の姿となりました。
中村からちょうど30分で終点の宿毛に到着。2面2線の立派な高架駅で驚きます。元々の計画では愛媛県の宇和島市まで線路が延びるはずだったとか。なかなか無謀な路線計画です…
どこまで本気だったんでしょうね?
ひたすら列車に乗って移動してきただけですが、さすがに14時を回ってお腹が空きました。お昼ご飯にしましょう。
…といっても、宿毛市は人口2万人足らずの大きいとはいえない街。お店の数も限られていますし、だいたいはランチタイムが終わると夕方までお店を閉めてしまうところがほとんどです。
地場産の海の幸を食べられるお店も海岸まで出ればあるようですが、そちらは月曜定休ということで今日はお休み。
というわけで、宿毛の駅前にある高知県のローカルファミレス「ゆうゆう」宿毛店へ入ることにしました。
※ゆうゆう宿毛店は2023年6月8日で閉店。ゆうゆうは高知市内の2店舗のみに。
お昼時をとっくに過ぎていることもあって、他のお客さんは2~3人といったところでしょうか。平日ですしね。
窓側の明るくて広い席に通してもらい、ランチメニューの「ロースカツ定食」(900円)を選びます。全く高知らしくないメニューですが、ここにしかないお店でご飯を食べるということに意義があるのです。
サクサクのとんかつをソースか、おろし醤油の和風か、手元で好きに選んで食べられるのがうれしい。お茶も温かいのと冷たいのと両方用意してくれて、サービスが手厚いです。
おいしいお昼ご飯がいただけました。折り返しの列車まではまだ1時間半ありますが、あっちこっち観光しているほどの時間はなく、どうにも「帯に短したすきに長し」といった感じ…
せっかくですし、周囲を散歩して回ることにしましょう。
駅から歩いて5分ちょっとの公園に、津波避難タワーがありました。
日本の太平洋側に大きな被害をもたらすと想定されている「南海トラフ地震」。最大震度7という強い揺れになる可能性はもちろん、地震発生後の津波は10mを超えると想定されています。
高知県ではその巨大津波に備え、県内各地に津波避難タワーを設置しています。その数100基以上。
「駅前公園津波避難タワー」は今年7月末に完成したばかりの真新しい設備。平常時も開放されており、タワーの中でも子供たちが走り回って遊んでいました。
高齢者や車イス使用者のために、最上階の1つ下のフロアまで緩やかなスロープも設置されています。津波避難タワーによって住民の意識も変わってきたそうですから、現実的に避難できる場所がすぐそばにあるというのは大切なことなのですね。
一番上まで上がると宿毛の市街地が一望でき、普段は展望台として憩いの場になっているようです。
海縁まで散歩を続けます。
宿毛市には2つある津波避難タワーだけでなく、市内の大きな建物を津波避難ビルに指定しています。写真のホテルマツヤも避難ビルに指定されており、街全体で不測の事態に備えていることがわかります。
海風公園というところまで歩いてきました。このあたりは宿毛湾の最も奥まったところで、チャプチャプと穏やかな波の音が聞こえます。
右側に突き出した岬の反対側には片島港と呼ばれている宿毛湾港があって、沖合にある鵜来島(うぐるしま)や沖の島への定期船が運航されています。
2019年までは大分県の佐伯までのフェリー航路も運航されていましたが、経営不振に陥って撤退してしまいました。宿毛市は新たな運営会社を見つけて航路を再開したいようですが…
ゲートボールに興じるおじいちゃんおばあちゃんを横目に公園を抜け、途中のスーパー「フジ 宿毛店」でお酒やおつまみをお買い物。旅行中にその地域のスーパーに寄るのは新たな発見があって楽しいものです。それにコンビニであれこれ買うよりも安いですしね。
スーパーのすぐ隣にはホームセンターのコメリも新たに建設中。なんだかんだ便利な街になっています。
ピーヒョロロ…とトンビに監視されながら宿毛駅まで歩いて戻ります。空が高くて歩くのが気持ちいい…!
さすがに日が傾いて、いくら南国とはいえ薄着では肌寒くなってきましたが。
歩いて15分ほどで宿毛駅に着きました。高い建物が周囲にほとんどない中にデカデカと鎮座する駅舎の場違い感は、なかなかすごいものがあります。さすが鉄建公団って感じ…!
今では痕跡が残っていませんが、2005年3月2日には駅舎に列車が突っ込む「土佐くろしお鉄道宿毛駅衝突事故」が発生しました。
何らかの理由で運転士が気を失い、特急「南風17号」は減速することなく終点の宿毛駅に接近。保安装置によって非常ブレーキは動作したものの、列車は減速しきれずに時速85~95kmという高速で駅に進入し、そのまま駅舎に突入して停止したというものです。
駅舎が復旧するまで7ヶ月を要しましたが、現在の姿からは当時の痕跡は見えなくなっています。
16:11発の窪川ゆき普通列車で宿毛をあとにします。西側にあって日が沈むのが遅いとはいえ、さすがにだいぶ日が傾いてきました。
中村線・宿毛線で運用されているTKT-8000形ディーゼルカーはほぼ全ての車両に沿線自治体をアピールするラッピングが施されています。トップナンバーのこの車両は、宿毛市の南東にある三原村。人口は1,400人ほどで、村外と往来できる公共交通機関は村営バスの1路線のみ。「東京から時間的距離が最も遠い」と村のウェブサイトが自らアピールするほどです。
キャラクター化されている通り、三原村ではゆずがイチオシの農産物のようで、ゆずを生かした加工食品の販売も行われているとか。
3人ほどが乗ってきただけで宿毛駅を出発しました。途中もパラパラと乗降があっただけで、割と車内は静かなまま。
ちょうど30分で主要駅の中村に到着します。
16:41に着いた窪川ゆきの普通列車はここで19分の時間調整。その間に中村始発の特急「あしずり14号」(右)が16:48に発車して、高知市への速達輸送を担っています。
乗り継いだ先は2000系。昼間乗っていた2700系に比べると時代を感じさせるデザインですが、これはこれでシンプルなかっこよさがあります。
当初考えられていたであろう「近未来感」のあるデザインは側面のプラグドアからも感じ取ることができます。振り子式車両は通常の車両よりも幅が狭いため、通常の引き戸にすると車内空間がさらに狭くなってしまうから、というのも理由だとは思いますが。
そして2000系には偉大な功績があります。
381系のような振り子式車両では、カーブが始まっても車体が遅れて傾く「振り遅れ」、途中で戻ろうとする「揺り戻し」が起きるのが難点であり、「げろしお」「はくも」などと揶揄される乗り物酔いの原因となっていました。
そこで事前に路線データをインプットしておき、車両の走行位置を照合させて空気シリンダーで車体の傾きを制御する「制御付自然振り子式」を実現させたのがこの2000系だったのです。
この制御付き振り子が実用化されて以降の振り子式車両の乗り心地は圧倒的に改善し、日本全国の線形の厳しい区間に導入が進む礎となりました。
スーパー「フジ 宿毛店」でなぜか売っていたサッポロクラシックを飲みながら2000系の乗り心地を楽しみます。
2000系は2010年から車内設備のリニューアルが行われており、デビューから30年以上が経った車両とは思えないぐらいにきれいで快適な車内空間になっています。新型車両に予算をかけられない厳しい懐事情があるとはいえ、保有している車両への愛着が感じられる一面ともいえるかもしれません。
さて、窪川を出てJR線内に入ったら指定席へと場所を移ります。
JR東日本の「えきねっと」やJR西日本の「JRおでかけネット」の宿命なのですが、特急券はJR→私鉄が購入できても、その逆ができません。そのため、往路はそのまま「岡山→高知→中村」という指定席特急券が購入できましたが、復路は窪川からのしか出せませんでした。
というわけで、宿毛駅では中村→窪川間の自由席特急券だけを券売機で買うことに。
システム的に仕方がないとはいえ、片道は買えるんだから帰りも買えるようになってくれないかなぁ、とは利用者としては思ってしまいますね。
中村から1時間45分をかけて終点の高知に到着。特急列車で移動していてもこれだけの時間がかかるのですから、想像していたよりもずっと高知県が広いことに気付かされます。
18:36、たった2分という絶妙な接続で「南風26号」に乗り継ぎ。中村でも7分しかありませんでしたから、遠いなりに最短の接続時間で乗り継ぎができるように考慮されているんですね。
JR東日本の東北エリアにも見習ってほしい接続の良さです…
真っ暗な大歩危峡を走り抜け、高知から1時間10分で阿波池田まで戻ってきました。車両は朝乗ったのと同じ赤い「アンパンマン列車」。
車内はとにかくアンパンマン、見上げれば天井にも仲間達のイラストが描かれています。この乗車時間中に数年分のアンパンマンを眺めていた気が…
ここでも4分で特急「剣山10号」へと乗り継ぎます。
キハ185系の車内に一歩入った瞬間からわかる、国鉄型の雰囲気!
素っ気ない内装パネル、最近の通勤電車でも少なくなったパイプ式の網棚、クッション入れておけばいいだろ的なイス、変色したプラスチックのテーブル。
最新型らしい2700系や、きれいにリニューアルされた2000系に乗っていたので、潔いまでに国鉄時代の装いにもはや感動すら覚えるレベルにうれしくなってしまいました。
足下から伝わってくるエンジン音や走行音も古色蒼然といった感じで、たまにこういう乗り心地が味わえると楽しくなりますね。
2015年にバースデーきっぷで利用したときは穴吹発の「剣山」に乗った覚えがありますが、現在は全ての列車が阿波池田発着となっているそうです。
阿波池田から1時間15分、終点の徳島に到着しました。
「よしの川ブルーライン」の愛称の通り吉野川沿いに走ってきたはずですが、真っ暗だったので何も見えず…
とりあえず今日の目的地に遅れることなく到着してホッとしました。
乗ってきたのは緑帯のキハ185系でしたが、どうやら後で調べてみたところだと国鉄時代の雰囲気をそのまま残した貴重な4両中の1両だったようです。端から端まで国鉄の香りだったわけか…
毎度あさかぜがする旅行の宿命ですが、夕食に費やすことのできる時間は1時間だけ。余裕時分も考えると悠然とご飯を食べている時間はありません…
素早くご飯を食べることのできる目星はつけておいたので、そのお店に向かいましょう。
これを見るたびに感じてしまいますが、駅の施設に対して駅舎の規模の大きいこと…!「日本で唯一電車の走っていない県」だとか「日本で唯一自動改札機のない県」だとか、散々な言われようの徳島県。ちなみに「電車のない県」というのはJR四国ホテルズがプランの宣伝文句にも使ったほどです。
駅ビルにホテルも併設した徳島県の玄関口としてふさわしい規模の外見からはとてもそんな様子には見えません。
だがいざ駅構内に入って改札を見てみると「あっ、なるほど…」ってなってしまうんですけどね…
ちなみにJR四国管内で初めて自動改札機が設置されたのは、2008年に高架化が完成した際に設置された高知駅が最初なのだそうです。意外にも本州と直結している高松駅よりも先ですし、そして2022年現在も自動改札機があるのは高知と高松の2駅だけとなっています。
駅から歩いて5分ほどの「徳島ラーメン 麺王」に駆け込みます。幸い近くを歩いていた酔っ払いの集団よりも一歩早く入ることができました。
オーソドックスな徳島ラーメンと生卵、ライスを注文。徳島ラーメンはちょっと甘めの豚骨醤油のスープに、甘辛く煮た豚バラ肉が入っているのが特徴です。これがまた悪魔的にご飯にあうので、ついつい一緒に注文してしまうという。バラ肉を卵につけてまさにすき焼きのようにして食べるのも、容赦なくうまい。
皆さんも徳島ラーメンを食べる機会があれば、怖じ気づくことなくライス(と生卵)を注文しましょう!
急ぎ食事を済ませ、これまた店から歩いて5分ほどのところにある海部観光の徳島駅前営業所へ。
…そう、今回の旅は往復とも夜行高速バスを使う超弾丸ツアー。なので帰りは以前から乗る機会をうかがっていたお高い夜行バス、海部観光の「マイ・フローラ」を選んでみました。
同社が運営している徳島駅前営業所には利用者向けの「バスオアシス」も併設されていて、マッサージチェアやシャワーで出発前・到着後に気分をリフレッシュさせることもできるようになっています。
高速バスの出発前にシャワーを浴びられるのはかなり気分が楽になりますね。