7:05発の特急「やくも」1号を見ることができそうです。
良い機会なのでPixel 7 Proに搭載されている「モーションフォト」という機能を試してみます。これは流し撮りを擬似的に再現する機能で、画面内のどれが動いているかを判断するのがAIの仕事になっているようです。
止まって写っている範囲が広く若干の不自然さは感じ取れなくはないものの、スマホとは思えないびっくりするほど躍動感のある写真になりました。
ちょうど1ヶ月前の2022年10月20日、JR西日本から正式に381系の後継車両として「273系」の導入が発表されました。日本の振り子式車両を黎明期から支えてきた381系の引退が、いよいよ正式に決まった形です。
273系ももちろん振り子式車両となりますが、381系の「自然振り子式」と違って「制御付き振り子式」となって乗り心地が大幅に向上する見込み。「ぐったりはくも」などと不名誉なあだ名ともこれでもうおさらばです。
やくも1号の出発を見送ったので、いったん朝ご飯にしましょう。この後の車内で駅弁でも食べようかと最初は考えていましたが、さすがにお腹が空いて仕方がありません。
新幹線乗り換え口のそばにある「めん処 吉備」で肉うどん(570円)をすすります。醤油味の黒いつゆの世界で生きているので、ダシを強く感じる透明なうどんつゆをみると「ああ、西日本に来たな」ということを実感します。
なお塩分は関東風よりも関西風の方が多いという話をよく聞きますが、実際のところどうなのでしょうね。
まだ7時半にもなっておらず、駅周辺で暇つぶしをするというのも難しい…駅構内で電車を見て時間が過ぎるのを待つしかないようです。
6番線に停車しているのは岡山~松山間の特急「しおかぜ」に充当されるJR四国8000系です。1993年に量産車がデビューした30年選手ですが、2004年からの3年間でリニューアルが行われて車内は新車同然に。ところどころ古さは見え隠れしますが、座席に座る分にはとても快適です。
ウロウロしているうちに8:05発の特急「やくも3号」の発車も近づいてきました。JRになってから、サービス向上のため一部のグリーン車は前面展望を楽しめるパノラマ車へと改造されました。
現在でも一部の「やくも」の出雲市側先頭車にはパノラマ車が連結され、沿線の美しい景色を眺めることができるようになっています。
381系の置き換えが発表されたこともあってか、パノラマグリーン車の姿を撮影する姿が何人もありました。
前面の窓の下には列車名を表示するLED表示器がありましたが、現在は使用していない様子。いつの間にやら「エル特急」という名称も死語になってしまい、若い鉄道ファンの中には知らない人もいるのではないでしょうか。
後継車両の273系では現在の赤紫を基調とするデザインから一新、大山の朝日や宍道湖の夕日をイメージしたブロンズ色がメインカラーに。ヘッドマークの「やくも」のイメージはイラストとして入ることになりました。
車内にはグループ利用向けの席も設けられるそうで、岡山から山陰の観光地へより快適に移動できるようになりそうです。
今の「ゆったりやくも」でも十二分に快適ですが、まぁ良くも悪くも地味な設備ですからね…
8:40過ぎ、高知ゆきの特急「南風3号」となるJR四国2700系が到着しました。時刻表に記載のあった通り「アンパンマン列車」で運転されます。
小さなお子さんを連れた家族にはかなり人気で、入れ替わり立ち替わり先頭車の前で記念写真を撮っています。あさかぜも3家族ほど写真を撮ってあげました。旅のいい思い出になれば幸いです。
オフシーズンの平日ながら乗客はたくさんいて、2700系3両しかない「南風3号」はだいぶ混み合っています。始発駅の岡山の時点で8割ぐらいは乗っている様子。平日でも4両編成で良いのでは?と思ってしまうほどです。
あさかぜは奮発してグリーン車のシートに収まります。3両編成のうち、グリーン車は高知側先頭車の半室のみ。後ろ半室と2号車の半分が指定席、自由席は残りの1両半という構成になっています。
自由席・指定席の区切りと違って、座席が違うグリーン車と普通車の間はちゃんと壁で仕切られています。
岡山から左にそれて瀬戸大橋線へ。
少し時間が早いのは重々承知の上で、我慢が利かずお酒を開けてしまうことにします。
岡山県の白桃を使ったチューハイをオープン。岡山県は白桃の産地で、国内でもトップクラスの生産量を誇ります。栽培の歴史は明治初期までさかのぼり、中国から渡ってきたモモが品種改良によって現在の白桃へと発展しました。
白桃らしいふんわりとした香りと甘さがおいしいチューハイです。甘い果実のチューハイはアルコール度数3~4%程度と控えめな印象がありますが、この製品は6%と少し高め。風味も飲み応えもあって気に入りました。
付け合わせは岡山県産の海苔を使った海苔天スティックです。パリパリの食感が気持ちいいのはもちろん、ワサビのツーンとくる刺激もしっかりあります。
鉄道オタク以外にはどうでもいい話ですが、実は多くの人がなじんでいる「瀬戸大橋線」という路線は正式には存在しません。
岡山~茶屋町間は宇野線、茶屋町~宇多津間は本四備讃(ほんしびさん)線、宇多津~高松間は予讃線にまたがって走るものを、わかりやすくまとめて「瀬戸大橋線」と案内しているからです。
そのためこの区間を通るきっぷを見ると、「本四備讃」という見慣れない路線名が書かれています。
茶屋町から本四備讃線に入り、児島でJR四国の乗務員に交代すると、いよいよ列車は瀬戸大橋へと入っていきます。
島々を結ぶ橋と、それぞれの島内の高架橋を併せて13kmになる瀬戸大橋。鉄道の路線名と同様にひとまとめにして瀬戸大橋と案内されていますが、実際にはそれぞれの橋に名前がついています。
2段になっている橋のうち、上部が高速道路の瀬戸中央自動車道、下部が鉄道の本四備讃線。ご覧の通り今通っている線路の外側にもスペースがあり、新幹線を通す計画が実現したときに敷設できるようになっているとか。
車窓から瀬戸内海の島々を一望できるのもトンネルにはない魅力。
特に寝台特急「サンライズ瀬戸」の高松ゆきに乗ると、時期が良ければちょうど朝日が昇る時間帯に瀬戸大橋を通過します。旅の締めくくりに最高の景色といえるでしょう。
車内を少し散歩してみます。
「アンパンマン列車」の名の通り、車内は全面的にアンパンマンのラッピングが施されています。車内放送も「こんにちは!ぼく、アンパンマン!」から始まる場合があって、徹底的にアンパンマン推しです。
デッキだけでなく、客室内もアンパンマンだらけ。窓のカーテン、天井、座席番号のシールまでとにかくアンパンマンとその仲間たちが描かれています。
長時間列車に乗るのにどうにも飽きてしまう子供たちも間違い探しのような感じでキャラクター探しができて、少しはパパママの負担が軽くなりそうです。
グリーン車はさすがに「大人向け」とあってアンパンマンの姿はなく、質素な空間になっています。
2+1でゆったりとした座席配置は長時間の移動でも苦痛を感じさせません。2700系を製造したのは、JR東日本のE5系新幹線も担当した川崎重工業。グリーン車の座席もほぼE5系に準拠したものを装備しているようですが、可動式のヘッドレストは装着されていません。
「南風3号」は瀬戸大橋を渡りきり、立体交差を宇多津駅構内へと向かっていきます。
あさかぜがJR四国で唯一乗っていなかった線路がこの宇多津駅構内までの、三角形の左側の辺でした。
Googleマップを使って図示してみると、瀬戸大橋線こと本四備讃線は四国に入ると二手に分かれます。
このうち西側が宇多津駅へと向かう本線格の線路ですが、2019年3月のダイヤ改正以降は「南風」「しおかぜ」といった特急列車のみが通っています。東側は快速「マリンライナー」や寝台特急「サンライズ出雲」が往来する実質的なメインルートとなっている短絡線。
下辺の予讃線も加えたデルタ線全体まで含めて「宇多津駅構内」とされているので、短絡線しか通ったことのないあさかぜも一応は本四備讃線を完乗したことにはなっています。
とはいえ、やはり最後のとどめとして本線格の西側も通っておきたい…
というわけでわざわざ「南風」に乗って四国に上陸したわけです。
病的なこだわりを見せた最後の数百メートルを通ったことで、ようやく7年越しにJR四国の全線完乗を果たしました。
目的は果たしたのでこのまま東京へ帰ってもいいのですが、せっかくめったに来ない四国まで来ているわけです。快適な2700系のグリーン車にわざわざ乗っていることですし、行けるところまで行ってみましょう。
宇多津で高松から来た特急「しまんと」をつなぐこともありますが、「南風3号」はそのまま単独で高知まで向かいます。多度津から土讃線に入り、一路南へ。
JRの路線名は旧国名に由来するものが多くあります。
特に四国はその印象が強く、伊予(愛媛)~讃岐(香川)を結ぶ「予讃線」、土佐(高知)~讃岐を結ぶ「土讃線」、土佐~伊予を結ぶ「予土線」といった具合に、主要路線は旧国名が由来となっています。その割に讃岐~阿波(徳島)を結ぶ路線は両端の駅名を取って「高徳線」なんですけどね。
昔からある路線はまだわからなくもありませんが、平成も間近になって開業した「本四備讃線」にもしっかり備前と讃岐という旧国名が入っています。
なんだかんだ、どのあたりに通っているかを想像するには、長い歴史のある旧国名を使った方がわかりやすいのかもしれませんね。
金刀比羅(ことひら)宮の最寄り、琴平駅で電化区間は終わり。四国を南北へ貫く峠越えの区間へと「南風」は入っていきます。
いよいよ振り子式車両2700系の本領が発揮されるようになりました。
老朽化した初期の2000系を置き換えるにあたり、JR四国でも他社で標準となった空気バネによる車体傾斜を採用するつもりでした。「しおかぜ」などに入る8600系電車では問題なく使えたので、それではと2017年に2600系気動車を導入したところ、思わぬトラブルが発生。
右へ左へとカーブが続く土讃線で試運転をしてみたら、車体を傾けるための空気バネに使う圧縮空気が足りなくなってしまったのです。
後継車となれなかった2600系は2両編成2本のみの製造で終了し、高徳線の特急「うずしお」を中心に運用されるようになりました。JR四国は製造コストがかかるのを承知の上で、制御付き振り子式の2700系を開発し2019年から運用しています。
吉野川までの区間はまだまだ前哨戦。徳島線との事実上の乗換駅になっている阿波池田を過ぎると、四国山地を南北に貫く険しい区間へと入っていきます。
さっき見かけたゆったりとした吉野川は全く表情を変え、大小の岩がゴロゴロした見るからに急峻な様子に変貌しました。
歩くだけで危ないと書いて「歩危(ぼけ)」。四国有数の景勝地として有名な大歩危・小歩危と呼ばれる峡谷です。
車窓に見える立派なコンクリ作りの建物は「道の駅 大歩危」です。
「妖怪屋敷と石の博物館」なる不思議な組み合わせの施設も併設されていますが、昔の人はこの危険な峡谷を通るときにケガをしたり命を奪われる原因は妖怪にある、と考えたのでしょうね。
一般的には「大股で歩くと危ない=大歩危(おおぼけ)」「小股で歩くと危ない=小歩危(こぼけ)」という由来が多く語られていますが、本来は断崖を意味する「ほき」「ほけ」という言葉が転じたというのが有力だそうです。
歩危という漢字が当てられたのは明治期に入ってからだとか。
険しい山越えを終え、視界が一気に開けると高知平野。中央構造線のせいで険しい山が多い高知県では貴重な平野です。
高知県の人口の半分以上がこの平野に集中し、農業はもちろん海に面した街では造船や半導体などの工業も発展しています。もちろん県庁所在地の高知市も、この平野のほぼ中央にあります。
南国市の中心部、後免(ごめん)を発車すると、10分足らずで終点の高知です。
日が照って暑いぐらいの高知駅に着きました。岡山からの所要時間は2時間38分と、考えていたよりもだいぶ近く感じられます。
瀬戸大橋が開業する前の宇野~高松間には鉄道連絡船、通称「宇高(うこう)連絡船」が運航されていました。両港の行き来だけで1時間を要していましたし、列車から船への移動時間を考えれば海を渡るのに2時間程度はかかっていたわけです。
貨物列車も船に載せたり下ろしたりする手間がありますから、現在とは比較にならないほどの時間がかかっていはず。
今や海を越えてきても3時間かからずに四国の南側まで来られるのですから、瀬戸大橋の開業は四国の主要都市にしてみれば革命に近いものがあったのではないでしょうか。