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午前6時前、宿泊した「剣山ホテル」を後にします。
だいぶ年季の入ったホテルでしたが、設備は充実。きれいに掃除されていて、3,000円ほどで宿泊できたのはとてもよかった。徳島駅からも徒歩10分ほどで、よほど重い荷物を持っていなければアクセスは良好。
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徳島県の県都ということもあり、駅ビルや周辺の設備は立派。手前左側は百貨店の「そごう」も入っている、メインストリートです。
まだ早朝なので駅前は閑散としていますが、なぜかやたらとオバチャンたちの姿が目につきます。どうしてだかオバチャンが多い。徳島の中高年女性は朝が早いのでしょうか。
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駅ビルの後ろに隠れて地上にホームが並ぶ徳島駅。駅ビルの立派さに比べると、不釣り合いなぐらいに設備の古さが隠せない駅構内です。
朝ラッシュ対策と思われる、キハ40系の徳島線普通列車が出発を待っています。改札から入って正面の1番線は、基本的に「うずしお」などの特急列車の発着に使われています。
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反対側は車両基地の徳島運転所。徳島県内で使用される車両たちがここをねぐらとしています。
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元々は蒸気機関車が現役の頃に機関区として設立されました。運転所の隅っこにはその頃の名残か、ターンテーブルが残されていました。
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穴吹から牟岐線へ直通する海部ゆきのワンマン列車が到着。前に徳島始発の1両をつないで、2両編成になって牟岐線へと入ります。2両となったことで車掌も乗務するツーマン列車に。
後ろの車両も「海部」という行き先を出していますが、実際に終点の海部まで行くのは今つないだ前の1両。後ろは牟岐で終わりです。
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通勤客に加え、大量の学生を各駅で迎え入れながら列車は牟岐線を南へ下ります。
50分ほどで阿南に到着。徳島ゆきのキハ40系国鉄色と行き違いです。牟岐線の沿線では徳島に次いで大きな街で、ほとんどの乗客がここで下車します。車内は一気に閑散としました。
元はタケノコなどの農産物から発展した街ですが、現在は発光ダイオード(LED)の一大生産地として発展中。
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阿南を過ぎると景色も山がちになり、線形もより険しくなったように感じます。
日和佐駅は「道の駅日和佐」が併設された珍しい駅。昼間は牟岐線の乗車券を道の駅の事務所で発売しています。無料の足湯もあるとのこと。気になるところですが、停車時間がわずかなので寄ることはできません。
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時刻表の路線図を見ると海沿いを走るように見える牟岐線ですが、車窓から海はほとんど見えません。むしろ南へ行くにつれてどんどん山へ分け入っていく感じ。アップダウンもだんだん険しくなってきます。
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徳島から1時間50分、牟岐駅に到着しました。ここで後ろ1両を切り離し、列車はワンマン運転になります。
すぐ横に山があってずいぶん内陸の駅だと思っていましたが、地図を見てみると実は海はすぐそこ。海岸近くまで山がせり出す険しい地形です。
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13分の停車時間があるので車両の外に出てみます。駅のすぐ裏側から山。後ろを見ても山。
キハ40系の姿が似合います。
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ようやく海が見えてきました。
実は午前3時頃からチリ沖の地震に伴い、太平洋沿岸には最大1メートルほどの津波が来るかもしれない「津波注意報」が発令されています。よりによって海沿いをグルリと回る日に津波なんて…と旅程への影響を心配しましたが、今のところ列車は定刻通り。
空も晴れ渡り、海も光を反射してきらきらと輝いています。
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民家もあまり見えない途中駅で乗客の姿が。白い服に杖と傘、お遍路さんです。四国へ来て2日目にして初めて見ました。
9:09、終点の海部に到着。牟岐~海部間は1973年に開業した、牟岐線の中では最も遅く開業した区間。終点の海部は高架駅で、悪名高い「日本鉄道建設公団」のにおいがプンプンとします。
構内踏切を渡り、3分の接続で阿佐海岸鉄道へと乗り継ぎます。高架駅なのに構内踏切とは珍しいですが、むしろ階段を上り下りする手間を考えれば田舎ではこっちの方が利用者には優しいやり方です。
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海部を出てひたすら続く一直線。まさに鉄建公団の線路です。
どうしても鉄道路線は自然の地形に影響されやすいのですが、湯水のように資金(=税金)を投じて、トンネルと橋で最短距離をぶち抜くというのが鉄建公団のやり方でした。それが成功した路線はごくわずかで、ほとんどの路線は赤字を垂れ流すことが必至の区間ばかり。その路線を押しつけられた国鉄も大幅に経営が悪化し、分割民営化に至る大きな一因になったと言われています。
阿佐東線そのものは1992年に開業した新しい路線ですが、計画そのものは鉄建公団が行い、それに沿って建設されたためこのような高規格な路線となっているのです。
海岸までせり出す山々をすべて高架橋とトンネルでぶち抜く阿佐東線、まさに鉄建公団を象徴する姿です。
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終点、甲浦に到着、高知県に突入です。
ちなみに海部からの乗客は7人ほど。利用者数には見合わない路線形状の良さ。終点の甲浦駅もしっかり高架にあります。
この阿佐海岸鉄道は「バースデイきっぷ」の利用対象外のため、海部からの270円を支払って下車します。
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当初の計画では、この先の山をトンネルで抜けて遙か先へと続くはずでした。甲浦から室戸岬を回り、北上。計画当初は阿佐西線と呼ばれた、現在の土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の奈半利まで至るものでした。
もちろん利用客が見込めないため、ここで終わっている阿佐海岸鉄道の延伸計画は今のところ無し。地元からの期待もほぼされていないようで、ここから線路が延びる可能性はもはやゼロといえましょう。
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現在は3両の車両が所属している阿佐海岸鉄道。今乗ってきたのは1992年の開業当初から使用されているASA100形。
積極的に利用を呼びかけていますが、高額な建設費用などが足を引っ張り、営業係数(100円稼ぐのに必要な経費)は916と言われている大赤字路線です。わずか2駅、沿線には大きな街があるわけでもなく、通学客は毎年減る一方。先行きが明るいとはとてもいえません。
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歩道橋のような階段を降りてくると、甲浦駅の駅舎が置かれています。木造ガラス張りのとてもきれいな建物です。
駅舎内では地元の婦人会によって売店のようなものが営業されており、列車が走る時間帯はそこで必要なものを購入することができます。
甲浦から奈半利までは、「阿佐線」の計画をトレースするように高知東部交通のバスが運行されています。
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駅の裏手は立派な八幡宮がありました。軽トラックで地元の人が出たり入ったりして、中で手入れか何かをしているようです。
それにしてもいい天気。日差しが暑いぐらいで、さすが南国高知です。今日の最高気温は28度ぐらいまで上がるそうで、肌寒かった朝とはまた気温の差が…
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午前10時、高知東部交通の日野・レインボーが姿を現しました。このバスに乗って約2時間、「阿佐西線」の奈半利を目指します。
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甲浦駅を出発後、バスはすぐに太平洋沿いへと出ます。都内の路線バスとは一線を画した、俊敏な足取りで進んでいきます。
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道路はずっと海沿いを走っています。後ろを振り返れば、海への出っ張りが幾重にも重なっていました。バスはその出っ張りに沿って、右へ左へと快調に進んでいきます。津波注意報は相変わらず健在ですが、地元の若者たちはそんなことを気にすることもなくサーフィンに興じていました。
日本全国に名前が知られる室戸岬ですが、この日は平日と言うこともあってか室戸ジオパークでは乗降がありませんでした。
室戸市内から乗客数が少し増え、バスの座席がほどほど埋まります。鉄道という大量輸送機関がない割には大きく見える市ですが、総人口は13,000人ほどと、北海道を除けば日本で最も人口の少ない市。過疎化の進行も深刻です。
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途中道路の混雑などで、10分ちょっと遅れて奈半利駅に到着。路線バスに2,340円という高い金額を払ったのは初めてです。
駅はこれまた鉄建公団の計画路線らしく、立派な高架駅です。1階と2階には道の駅や公民館のように、物産店や展示ホールといった交流スペースが用意されています。ホームと同じ3階のオープンデッキに上がると少し離れてはいるものの、広々とした太平洋を望むことができます。
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土佐くろしお鉄道のオープンデッキ車両が駅に入ってきました。9640形という形式で、数字は「くろしお」にかけています。
計画は鉄建公団時代に行われましたが、それを引き継いで「土佐くろしお鉄道阿佐線」として全線が開業したのは2001年の話。愛称に「ごめん・なはり線」と名付けられ、案内はすべて愛称で行われています。
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9640形10両のうち、2両がオープンデッキ車両で製造されました。太平洋が見える、高知方向に向かって左側は一般旅客が外に出られるようにされています。オープンデッキ車両は運用が決まっており、時刻表から確認することができます。
オープンデッキ車両が所定と異なる列車に使用される場合は、鎖錠されてデッキに出ることができなくなります。理由がよくわかりませんでしたが、列車が動き始めてからその理由がわかりました。
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ブゥオオーーン!とエンジンを吹かせてしばらくすると加速をやめてしまいます。時速40kmほどでしょうか。高規格の線形なのにもったいない速度です。
おそらくこれはオープンデッキ車両だからこその理由。柵こそあれ、外に出られるデッキでは高速走行は危険ということなのでしょう。あえて速度を落として、景色を見せつつ安全を確保しているわけです。どうりで40kmちょっとを走るのに1時間38分かかるわけだ…
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いくら雄大な太平洋を見られるからとは言っても、いつまでも時速40kmで走っていてはお尻と座席がくっついてしまいます。
30分ほどで安芸に到着。先行する快速に乗り換えて、改めて高知を目指します。
9640形の一般車両で運転される快速は、安芸を出るなり時速100kmまで加速。これぞ鉄建公団路線の本領です。太陽光に輝く太平洋のすぐ横を軽快に飛ばしていく鉄道車両。素晴らしく心地がいいものです。安芸からJR四国の土讃線と合流するまでの所要時間は30分。先ほどのまま乗っていったら1時間近くかかっていますから、大幅な時間短縮です。
しかもこれはそのまま土讃線に乗り入れ、高知まで直通する列車。図らずも旅程の大幅な短縮に成功しました。
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時間短縮ができたことで、この先の旅程を詰めることも視野に入ってきます。
当初の予定では高知でラーメンを食べる予定でしたが、昼食を犠牲にして20分後の特急「あしずり」に乗れば1本早い予土線に乗り継げます。結果として、本日の高松到着を1時間以上早めることが可能に。そもそも時間が悪くて「ご当地もの」を食べることは当初から無理だったので、計画変更は何の差し支えもありません。
2008年にできた、立派な高知駅に到着しました。列車を飛び降り、足早に必要なことを済ませます。
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まずはみどりの窓口で指定券の変更。20分後の「あしずり」グリーン車を押さえます。
続いて駅構内の売店へ。駅弁コーナーに行くと、天むすと焼き鯖寿司しか置いてありません。焼いてあろうと何だろうと、光り物の寿司は苦手なので食べません。天むすだけ購入。
さらにセブンイレブンへ。予想以上に駅弁が不作だったので、追加の食べ物と酒を購入。
なんだかんだで発車7分前にはホームに上がることができました。2000系気動車に乗り込み、ホッと一息。
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列車が動き始めたところでハイボールをオープン。アルコールと炭酸が体に染み渡ります。
一緒に天むすも開封。2口ぐらいで食べられるおにぎりが5つ。そこにエビの天ぷらと大葉が入っています。味はこれと言って特徴はない感じ。塩味をつけた天ぷらをおにぎりにすればこういう味になるでしょう、といったそのまんまの味。ちょっと味付けも駅弁にしては薄めで、もうひと味何か欲しいところです。
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小さな入り江が連続します。途中の須崎までは普通列車もそこそこ設定されていることもあり、沿線にも工場や民家が並びます。
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どこまでも広がる太平洋。
食べ物を食べて酒を飲んで、雄大な景色を見ていると眠気に襲われます。ですがここで寝たらおそらくおしまい。高知から1時間ほどで窪川に着いてしまうので、寝過ごすという事態は何があっても避けねばなりません。
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というわけで、無事に窪川で下車できました。ホームではすでに15:10発の予土線の普通列車宇和島ゆきが待っています。
1本早めたものの、残念ながら普通のキハ32形。車内は残念なことにオールロングシートです。2時間以上このローカル線をロングシートで揺られるのもなかなか苦痛ですが、こればかりは仕方ありません。
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車内にはトイレがないので、今のうちに済ませておきます。左の隅っこに写っているのが、土佐くろしお鉄道中村線の普通列車に使用されているTKT8000形です。
ここから先はちょっと複雑。
元は国鉄中村線として窪川~中村間が開業しました。この路線は国鉄からJR四国に引き継がれたものの、1988年に第三セクターの土佐くろしお鉄道に移管されます。
そこで問題になるのが予土線。予土線は1つ隣の若井から予讃線に合流する北宇和島までの路線。わずか1駅間が別会社の路線に行ってしまったがために、JR四国の運賃に加えて、土佐くろしお鉄道の運賃210円を払う必要があるのです。これは国鉄時代に赤字路線をお役所的に決めてしまったところに事の発端があるのですが、なってしまったものは仕方ありません。
JR全線乗り放題となる「青春18きっぷ」は当然のことながら土佐くろしお鉄道は対象外であるため、別に210円を払わなければいけない。というのは乗り鉄の間では割と有名な話。
土佐くろしお鉄道も対象となる「バースデイきっぷ」のあさかぜは追加料金の必要はありません。
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若井の先、川奥信号場で正式に土佐くろしお鉄道と分岐します。
窪川~若井間など、こうした独特の事情は鉄道マニア以外にはわかりづらいのも事実です。
が、そういった各種の条件が入った企画きっぷというのは事前の下調べは非常に重要。下調べもせずに使って、結果として追加料金を払わなければならず、駅員や車掌にキレる人を見かけたこともあります。割安な企画券でブーブー文句を言うようなヤツは使っちゃいけないと思うのですが、そういった道理が通らない、家から出てこなくていいような人が多いのもまた事実。
皆さんも安い企画きっぷで出かける際は、何が対象で何が対象外なのか、乗ろうとしている路線が対象なのかどうか、よく説明書きや時刻表を見て確かめてから使いましょう。
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時速110kmで特急が駆け抜ける中村線と違い、予土線は1両運転の普通列車がノロノロと山越えをするだけの超ローカル線。右へ左へと車体を揺すりながら山を登っていきます。
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四万十川に沿って線路は敷かれています。残念ながら夕方になって雲が増えてしまい、きれいな川の色がなかなか見られません。
Wikipediaには「若井~江川崎間は比較的高速の運転が行われる」と書かれていますが、あくまで北半分と比べたときの高速。時速60kmほどしか出せない険しい路線であることは間違いありません。
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窪川から1時間弱、江川崎に到着しました。駅の横の田んぼの稲穂に夕方の光が反射し、美しく輝いています。
予土線内で運行の区切りとなる駅ということもあり、ここで9分の停車。窪川ゆきの普通列車と行き違います。
1つ手前の駅名は人によっては心に突き刺さります。漢字では「半家」と書きます。平家の落人がここに逃れ、平という字の棒を動かして半にしたから、というのが地名の由来だと言われています。
ちなみに北海道の留萌本線には「増毛(ましけ)」という縁起のいい?駅名もあります。
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正面から新幹線が!
というインパクトを持たせたかったらしい、キハ32形改造の「鉄道ホビートレイン」。2014年3月に運行を開始した列車で、車内には0系新幹線の座席が2席と鉄道模型が展示されています。
願わくばこれに乗ってみたかったところですが、残念ながら時間が合わず…
写真で見たときは「なんだこれ?」となりましたが、実車を見てみると案外しっくり来ます。なかなかの遊び心です。
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0系っぽい前頭形状になっているのは窪川方だけで、宇和島方は0系風のイラストが描かれているだけです。運転士としては余計なものがくっついている側よりも、プリントされている側だけの方が運転しやすいのかもしれませんが…
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江川崎を出たときは10人も乗っていなかった車内ですが、宇和島が近づくにつれ帰宅の中高生で車内が混み合います。あれだけ長く感じたロングシートも、隣に座るととたんに狭苦しく感じます。車内は立ち客が出るほどの盛況となって、北宇和島に到着。予讃線へ乗り継ぐと思われる学生を降ろすと、3分で終点の宇和島に到着します。
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JR四国で17番目に利用客が多い宇和島駅。駅にはJR四国系のホテル「ホテルクレメント」が併設されています。みどりの窓口と、旅行代理店のワープ宇和島支店も構内に入っています。
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乗り継ぎに40分ほどの間があるので、構内のみどりの窓口で指定券の変更をしてもらいます。これで高松への到着時刻が、当初の予定よりも1時間以上早まることが確定しました。明日の朝もかなり早く出るので、わずかでも時間短縮は重要です。
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宇和島と松山の間はおおよそ1時間に1本程度、特急「宇和海」が運転されています。なんだかんだ言って、宇和島~松山~高松間の四国の北西部は特急の運行本数が多い特急街道です。
自由席には列ができていますが、指定席を押さえているあさかぜはゆったりと入線する特急「宇和海」を撮影します。
折り返し「宇和海」24号となる車両は、2000系気動車の試作車両「TSE」で到着しました。
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量産車とは前面の色配置やライトの形状などで差が見られるTSE。登場当初は四国内の各線で運用されていましたが、現在は試作車のみで3両を組み、「宇和海」専用になって走っています。
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車内は空調の吹き出し口など細かい部分では量産車との違いがありますが、ほとんど見分けがつきません。豪快なエンジン音と共に、日が暮れつつある愛媛県内を高速で走り抜けます。
ですが、途中の行き違いの遅れで、この「宇和海」も遅れ出します。松山では接続が保証されているとはいえ、時間ギリギリです。
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4分の遅れで松山に到着。元々乗り継ぎ時間は4分しかないので、高松ゆき「いしづち」も遅延間違いなしです。
「宇和海」の前方に縦列駐車している8000系「いしづち」に乗り継ぎ、座席に座ってICレコーダーを設置すると、まもなく発車。真っ暗な瀬戸内海沿いに踏み出します。
グリーン車もつながれていますが、初期のGTO VVVFインバータのサウンドを楽しみたいがために、普通車指定席を選んでいます。リニューアルされた車内は木目調になり、JR九州っぽい雰囲気が漂います。
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遅れを取り戻せないまま、坂出に到着。大して乗っていない「いしづち」ですが、半分以上の乗客がここで降車していきます。ほとんどが向かいで接続を取っている「サンライズ瀬戸」に乗り継いでいくようです。
東京方面への出張などを考えると、サンライズはかなり有効な移動手段です。しかも東京着は午前7時過ぎとベストタイミング。夜行列車のほとんどすべてが消えてしまった中で、「サンライズ瀬戸・出雲」が残り続ける理由もよくわかります。
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身軽になった8000系は真っ暗な中を爆走します。
初めて振り子式車両に乗ったのは大学2年になる寸前の春。地面の近さとコーナリングの速さに驚いたものでした。
高速道路や高速バスというライバルに対等な勝負をするためにはカーブを高速で曲がれる車両というのは非常に有効な手段です。JR北海道は保守の手抜きという鉄道事業者として最もやってはいけないことで自爆してしまいましたが…
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終点の高松に4分遅れで到着。
ホームのうどん屋は20時まで、実際にはそれより早く店じまいするのは経験済み。駅の外もうどん屋は終了しており、あるのは居酒屋とすき家、昨日行った徳島ラーメン「麺王」の高松店ぐらい。とりあえず構内で写真でも撮りましょう。
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211系にそっくりな6000系電車。見た目とは裏腹に、VVVFインバータ制御を採用しています。
運転台を前後方向に拡大したのですが、それゆえに乗務員扉の後方に戸袋をつけることができなくなってしまいました。一番前の客用扉だけ片開き、他が両開きになっているのはそういう理由があります。
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流線型のカッコいい先頭形状を持つ8000系ですが、中間に入っている運転台はなんとも素っ気ないデザイン。これでもリニューアルされてアクセントがついた方ですが。
この日は3両編成で運転されていましたが、付属編成は閑散期だとしばしば2両だけで運転されます。JR四国も特急の利用者数減少にあえいでいるようです。
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高徳線経由で徳島へと向かう特急「うずしお」。時速130km運転に対応したN2000系が充当されます。
今日の行程は、区間だけで見れば徳島→高松という「うずしお」で75分程度のごく近距離でした。それをわざわざ14時間以上かけて四国を3/4周してきたわけです。なかなかアホなことをやっていると自分にあきれてしまいます。
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どこにでもある「すき家」に行っても仕方ありませんし、チェーン店でも四国周辺でしか食べられないものを食べた方が良いでしょう。
ということで、昨日と同じく「麺王」の高松店へ。明日は四国から出てしまうので、徳島ラーメンが食べられるのも多分今日だけ。
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昨日の初体験を反映して、今日はトッピングをつけます。すき焼き味の豚バラ肉。これをスープに絡めてご飯にのせて食べると暴力的にうまい。こんな危険な食べ物は久しぶりです。もちろんご飯はおかわり自由。ちなみに本店と違い、生卵は無料でした。
腹がはち切れそうなぐらい食べて、店を後にします。このままホテルに向かうのではなく、腹を落ち着けるために少し散歩してからにしましょう。
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高松駅から麺王を挟んで反対側、駅からは徒歩5分ほどのところに、ことでん(高松琴平電鉄)の高松築港駅があります。ターミナル駅は2つ隣の瓦町で、ことでんの3線すべてが乗り入れ、駅ビルも建っています。高松築港はJR駅がすぐそばにあるものの、ちょっと寂しいぐらいの雰囲気。
奥には京急から譲渡された、元1000形の姿が見えます。
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すぐ横は高松城と、その手前にある玉藻公園。残念ながら解放時間は19時までなので、今回は外から眺めて終わり。
この奥には本州の宇野を結ぶ、通称「宇高航路」のフェリー発着場、左へ行くと小豆島へのフェリー発着場があり、交通の一大要衝になっています。
この一帯は「サンポート高松」という名で、港湾、商業施設、鉄道駅を含めて1998年から再開発が行われたエリアです。道路も直線的で広々しています。
とはいえ、夜10時半を回り、フェリーも終わっているので周囲は閑散としています。ホテルに入り、明日の行程に備えることとしましょう。