2022年10月にスカイマークが現行のBoeing 737-800の後継機として737 MAXシリーズの導入を正式に決めた、という話を書きました。注目したのは-800の正統な後継機といえる-8(MAX 8)に加えて、歴代のB737シリーズの中で最大となる-10(MAX 10)の名前があったこと。
<後継機の導入を発表したスカイマーク。同社はBoeing 737-800の最終製造機を導入した会社でもある>
以前からスカイマークは使用機材の大型化を検討しているという話が出ていて、もしかしたらB787か、大穴でAirbus A321neoか、なんて話もあったほどです。
羽田空港の発着枠はかなり限られたものですから、1便あたりの供給座席数の拡大はスカイマークにとってかなり重要な話。かといって全く新しい機種を導入すると、乗務員や整備士の養成をまた最初から始めることになって、航空会社にとっては大変な作業となります。
実際にスカイマークはAirbus A330-300を導入したときに養成を含めた準備が遅れて痛い目を見ていますから、慎重な選定作業が行われたものと推測できます。
B737NGシリーズの後継にB737MAXシリーズを選んだのはいたって堅実と見えました。
<一瞬の幻で終わったスカイマークのA330-300。乗る分には最高だったものの、傍目に見ても儲かるとはとても思えない機内構成だったのは気になっていた>
B737-8は1クラス177席(標準は189席)で-800と同じ、737-10では1クラス210席(標準230席)で導入するとのことで、-800および-8に比べると、-10ではおよそ1.2倍の輸送力が得られることになります。
しかも操縦資格はB737-800と共通なので、少しの追加訓練を受けるだけで同社の全ての機体を操縦できるようになって、会社としてはとても効率的。
おそらくB737-10を注文した航空会社の多くは、従来のB737シリーズと共通点が多いというメリットを何より重視していたはず。
ところが、B737-10は危うく「別の飛行機」として認定されてしまうところだったのです。
アメリカでは、2023年以降に新しく飛び回るようになる機種には「EICAS アイキャス」の装備が義務化されることになりました。
Engine Indicating and Crew Alerting System
というのが正式名称で、日本語では「エンジン計器・乗員警告システム」と呼ぶそうです。
これはコンピュータが常にエンジンの稼働状態を監視して、何か問題があればコクピットのモニターに内容を表示して、パイロットへ知らせる仕組み。
エラーの度合いによって3段階に分けられ、大雑把に意訳すると
- Advisory ー ちょっと様子が変だから気にしておいた方がいいよ
- Caution ー すぐにどうにかなるわけじゃないけど、様子がおかしいぞ
- Warning ー 一刻も早く対応しないとヤバい
と優先順位をつけてパイロットに知らせてくれます。
1990年代に入るぐらいから装備され始め、いまどきの飛行機ではあって当然のシステムなのですが、いかんせん元々の設計が1960年代のB737シリーズでは最新のMAXになっても装備されていません。
<「最新型」でありながらEICASを装備しないB737 MAXシリーズ。良いか悪いかは別として時代遅れであることは否めない>
初代(-100、-200)→クラシック(-300~-500)→NG(-600~-900)、MAX(-7~-10)と連綿と続くB737シリーズにおいて、あれやこれや違いはあれど操縦資格を一緒にしてきた結果です。
B737に限らずEICASのない飛行機では、警告灯などが示す異常の分類や実際に体が感じる現象を基に、QRH(Quick Reference Handbook)と照らし合わせて対処にあたります。
EICASの有無でこうしたトラブルの対処方法へのアプローチが異なるために、操縦資格が分かれてしまうようです。
B737MAXの話に戻りますが、2022年までに型式証明(一人前の飛行機であることを示す認定のようなもの)をすでに取得していた-8などはEICASがなくても良かったのです。
しかし開発が遅れて型式証明の取得が2023年以降にずれ込むことが確実になった-10(とMAXシリーズ最小の-7)は、本来ならばEICASを装備せねばなりません。
こうなると、-7や-10とそれ以外のB737シリーズとでは操縦資格が別となってしまうため、もはやB737シリーズ最大の売りである
Boeing 737の操縦資格があれば、新旧問わず、機体の大きさも関係なく、B737シリーズなら全部同時に乗務できます!!
がなくなってしまう、ということ。
航空会社としてはパイロットを可能な限り共通化したいからB737を導入するわけで、-10しか乗れないパイロットを抱えるのは効率的ではありません。
それどころか、
「パイロットを分けなきゃいけないなら、技術も新しくて長距離が飛べて貨物コンテナも積めるA320シリーズにするか…」
とライバルのエアバスに流れる可能性も充分にありますから、メーカーのボーイングとしてはなんとしてもEICAS装備は避けなければなりません。
EICASの装備を免除する特例を求めて、ボーイングはアメリカの連邦議会に訴えかけました。
「多くのオーダーを集める737-10のEICAS装備免除の特例が認められないなら、ボーイングは-10の開発中止も辞さない。-10が開発中止になればアメリカの航空産業は大ダメージを受けることになるが、それでも良いのですかな?」
もはや「お願い」ではなく「脅し」に近いレベルですが…
そもそもB737-10の開発遅延は新型コロナウイルスの影響もさることながら、MAXシリーズの操縦支援システム「MCAS」の不備で2度の墜落事故を起こし、その対応と改良に追われていたからというのが理由の大半です。
…ボーイングの自業自得だろうというツッコミはなしです。
ともあれボーイングの請願が認められて、-7と-10のEICAS装備義務は免除となったのでした。
ボーイングは開発の道筋が見えましたし、航空会社もパイロットの心配をする必要がなくなって、ともにホッと胸をなで下ろしていることでしょう。
2023年後半の型式証明取得へ向け、開発がより加速していくことが期待されます。
<EICASと同じ機能を持つ「ECAM」を装備するライバルのA320neoシリーズ。開発年次が新しい分、B737に比べると機能は先進的だった>
ところでここからは個人的な感想なのですが、今回のEICAS装備を巡るドタバタで、図らずもB737シリーズの限界が見えたような気がします。
そもそもEICASが義務化されることになった理由は、2018年と2019年に発生したB737-8(MAX 8)の連続墜落事故です。
どちらの事故も姿勢制御システムの「MCAS」周辺の不具合が原因でした。コクピットのモニターにはMCASの動作状況が出ず、パイロットへの周知も不充分で、システムが誤動作したときの解除方法がわかっていなかったなど、ボーイング側に大きな責任がありました。
「最新の大口径エンジンを装着すると機体が必要以上に上向きになってしまう」という1960年代という古い設計から来る特性を、コンピュータで補正するのがMCASの目的でした。つまり機体自体はもう最新の技術についていけていないのです。
直接のライバルであるAirbus A320シリーズは基本設計がBoeing 737よりも20年近く新しく、結果として大口径のエンジンも無理なく装備できました。
コクピットもEICASと同じ機能を持つECAM(Electronic Centralized Aircraft Monitor)を初期から装備しています。
こうしたところからも、B737とA320の世代の差はどうしても見えてしまいます。
一方で過去の実績をこねくり回して現代にも使うということは、安定と信頼につながることでもあります。
人や貨物を載せて空を飛ぶ上で、「最新だけどトラブるかもしれない」なんて技術はあってはなりません。B737シリーズは「枯れた技術」を突き詰めた究極の旅客機という見方もできます。長く続いてきたということは、民間機では最大の信頼なので。
まぁMAXシリーズでその信頼を文字通り地へ墜としたのはボーイング自身なのですが…
何はともあれ、数年経てば国内の大手3社でB737MAXシリーズに乗る機会がやってきます。「最新の古い飛行機」の乗り味をぜひとも味わってみたいですね。
<また大きな機体を飛ばすスカイマークを見てみたかった、という気はしないでもない>
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参考資料:
“最大の737 MAX”737-10、海外初の飛行展示披露=ファンボロー航空ショー - Aviation Wire
https://www.aviationwire.jp/archives/255668
スカイマーク、737-10は210席 最大の737MAX、26年度に日本初導入 - Aviation Wire
https://www.aviationwire.jp/archives/276982
EICAS Systemとは - Skyart JAPAN
https://skyart-japan.tokyo/2020/08/21/2020-08-21/
Engine-indicating and crew-alerting system - Wikipedia(英語版)
https://en.wikipedia.org/wiki/Engine-indicating_and_crew-alerting_system
Electronic centralised aircraft monitor - Wikipedia(英語版)
https://en.wikipedia.org/wiki/Electronic_centralised_aircraft_monitor
ボーイングCEO、B737MAX10の開発中止を示唆 アメリカ議会を牽制 - sky-budget
https://sky-budget.com/2022/07/08/boeing-b737max10-news/
アメリカ議会、B737MAX10とB737MAX7の新基準適用免除を決定 ロビー活動でボーイングが勝利 - sky-budget
https://sky-budget.com/2022/12/21/b737max-news/