腹ごしらえを済ませたら散策に繰り出します。
まずは欅平駅から下流側へ。といってもこちら側はすぐそばの猿飛山荘までで、その先は水害の影響で今は進めないので残念ながら景勝地の猿飛峡には到達できません。
階段を下りると黒部川で穫れた天然のイワナが水槽を泳いでいました。すぐ目の前の猿飛山荘ではこのイワナの塩焼きがいただけるようです。警戒心がないのか好奇心が旺盛なのか、カメラを構えるあさかぜの方向をじっと見ています。
山荘で出される塩焼きはこの水槽にいるイワナが使われるのでしょうかね。そばに網も置いてありましたし…
山荘のある広場の端っこまで歩いてくると足湯があり、スペースはほとんどいっぱいでした。なかなかに強烈な硫黄の匂いがします。
頭上にかかる真っ赤な端は奥鐘橋で、水面からの高さは34mあります。これからあの橋を渡って少し上流側にある秘湯を目指します。
わっせわっせと階段を上がり、駅前を通り過ぎて奥鐘橋まで出てきました。手前には橋の景色を撮影しようとしている男性がいたので、邪魔をしないように少し離れたところから見守ります。若そうな感じだったので芸術を学ぶ学生さんだったのでしょうか。
深い緑の中に伸びる鮮やかな赤い橋は確かに映えそうな感じはしますが、あさかぜのような芸術センスのかけらもない人間にはそれをどう生かしたらいいのかわかりません…
撮影が終わったところであさかぜも橋を渡ります。しっかりした橋ですが、両端は深い谷なのでのぞき込むとヒヤッとします。
橋の途中から振り返ると見えるのは欅平駅。左上には上流の仙人谷ダムから伸びてきた太い送水管が見えます。
あの山の中に貨車を引っ張り上げるエレベーターとさらに上流側へと伸びていくトンネルが隠れているはず。
奥鐘橋から見える手前の白い建物は黒部川第三発電所で、上流にある仙人谷ダムから送水を受ける水力発電所です。落差は278mあり、最大出力は81,000kW。
奥に見える似たような建物は同じく仙人谷ダムから送水される新黒部川第三発電所です。黒三に遅れること23年の1963年に運用が開始され、269mの落差から120,000kWの電力を生み出しています。
発電に使用した水はそのまま新黒部川第二発電所へと送られ、もう一度発電に使われてから黒部川へと放出されます。
橋を渡ってすぐのところにあるのはその名も「人喰岩」、くり抜いた岩の形が人を飲み込むように見えることからこの名前になったそうです。
手前にはヘルメットの貸出ラックが置かれており、ラックの横の立て看板には要約すると
「天候によってまれに落石があるので通行は自己責任。必要だと思ったらヘルメットをかぶって通行するように。自己責任で通り抜けた先の景色はきれいだぞ」
といったことが書いてあります。
今日は天気が良いので落石の心配はおそらくないでしょう。前を歩く人たちも気にしていないようですし。
谷間を蛇行しながら流れていく黒部川の景色は確かにとてもきれいです。この独特の水の色も美しさを引き立てています。
…目の前のトンネル、さっきの人喰岩よりよほどスリリングでは?途中でカーブしているのか先が見通せない上に照明もありません。
トンネル手前の立て看板には落石注意の文字と一緒に「熊出没注意」とも書かれています。注意って言われたって、もし仮にトンネルの中で出会ってしまったらどうにもなりません。その辺も含めての「自己責任」なのでしょうか…
気にしたら負けだとトンネルをくぐって出てくるとまもなく名剣温泉に到達します。ここから先、祖母谷(ばばだに)方面は夏真っ盛りにならないと通行できないエリアで、開通に向けて準備が進められているようでした。
そもそも奥鐘橋から先も例年5月下旬から11月中旬までの開放なので、まだシーズンが始まってから1週間ぐらいしか経っていません。ちょうどいいタイミングで来られたようです。
さて、この名剣温泉にはうれしいことに日帰り湯があります。しくじって大浴場のないホテルを予約してしまったので、ゆったりと体を伸ばしてお風呂に入れるのは今日だけ。堪能してから帰りましょう。
湯船は1つだけ、シャワーはないので掛け流し温泉のお湯を桶で汲んで体や頭を洗います。元々この近くに源泉があったようですが1995年7月の水害で埋まってしまったそうで、現在は少し上流にある祖母谷温泉から引いているのだとか。
湯船にひたってゆったりと体を伸ばすと、後ろから川のせせらぎが…いや怒濤が聞こえてきます。この重低音の迫力は他の温泉ではそうそう味わうことは出来ないでしょう。
お風呂から上がったら一休み。山荘にある食堂では秘湯に認定された温泉でしか提供されない「秘湯ビール」を味わうことが出来ます。そりゃあ飲んで帰るしかないでしょう!
ブナの天然酵母と奥入瀬の清流を使ったというビールは、ちょっとエールっぽいフルーティーさ。お風呂上がりにスッキリ飲めていい感じです。
はるか下を流れる川の音を肴にしばし休息の時間を過ごせました。
名剣温泉はもちろん宿泊も出来ます。宿泊者用には内湯もあるそうです。
先ほど来た道を戻ります。
上がってくるときには気がつきませんでしたが、熊出没注意の看板のあるトンネルの横には廃道と思われるトンネルがありました。旧道なのでしょうか。
確かにさっき撮った反対側の写真を見直してみると、トンネルの左側に道があったように見えなくもありません。
帰りの列車を予約したら、駅の隣にある「欅平ビジターセンター」で展示を見てみます。建物内の階段には登山者が撮影した黒部峡谷の写真が飾られています。思わず見入ってしまうほど美しい写真ばかりですが、どれもこれも生半可な気持ちでは入れない場所から撮影されています。あさかぜは一生自分の目で見ることはないでしょう…
パネルにはダムや発電所のおおよその位置関係が示されていました。チラッとパノラマ展望台という文字が見えますが、これも観光客がフラッと行けるような場所ではないそう。ちゃんとした装備を調えて登山道を上がっていかなければならないとのことで、訪問は諦めました…
仙人谷ダムの手前にあるのが吉村昭の小説『高熱隧道』のモデルにもなった高熱地帯。岩盤の温度が最高で160度以上にも達し、発破のために仕掛けたダイナマイトが勝手に爆発するようなすさまじい環境でした。
現在は様々な工夫で40度程度になっているそうですが、それでも燃料に引火する可能性を考えてディーゼル機関車は使えず、硫黄分で架線が腐蝕するため電気機関車も使えず、ということでバッテリー機関車を使っています。客車も万が一の可能性を考えて耐熱構造になっているのだとか。
14:37発の列車で宇奈月へと戻ります。
長いホームは乗車用と降車用で分かれており、宇奈月側が乗車ホームとなっています。
帰りは一般客車を選びました。やはりトロッコ列車という以上はそれを体験してみなければなりません。往路でトンネルさえ耐えればそこまで寒くはなさそうということもわかりましたしね。
ゴロゴロと宇奈月へ向かって山を下りていきます。トンネルに入ると寒い!ダウンを着たいぐらいですが、あいにく持ち合わせていないのでひたすら寒さを耐えるのみです。
沢にはまだ溶けていない大量の雪が積もっています。これらが溶けていくことで黒部川の怒濤が生まれてくるわけですね。
橋をまるごと外してトンネルにしまう、という話をしたウド沢。反対側にも分厚い鉄の扉が見えます。
黒薙駅に到着。ふと隣のレールを見下ろすとレールに水が撒かれています。説明文を見ると車輪とブレーキのきしり音を緩和するのが目的だそうです。
他の鉄道では急カーブでレールがすり減るのを抑えるために水を撒く例もあります。
猫又駅の左側に伸びていく線路が黒部川第二発電所へと伸びていく専用線です。もちろん一般人が乗ることは出来ません。
こうやって見てみると結構な高低差があります。1995年の水害では橋から下が埋まるまで土砂が流れてきたそうですから、いかにすさまじいものであったかがよくわかります。
なおこの橋はフィーレンディール橋という構造となっており、戦前の日本では3つしか例のない珍しい構造なのだとか。貴重な橋が流されなくて良かったです。
黒薙駅まで戻って来ました。往路でここは黒薙温泉の最寄り駅で、山道を20分ほど歩くと温泉に到達できるという話を書きました。
黒薙駅の端からはもう一つ線路が分岐してトンネルの中へと消えていきます。黒薙川の上流にある二見堰堤へ向かう「黒薙支線」と呼ばれる貨物専用線があり、黒薙温泉へはこのトンネルを経由した通路を抜ければ10分かからずに到達できたようです。貨物列車の運行回数が極端に少ないから出来たことだったのですが、2009年以降は「保安上の都合」ということで登山道を歩くしかなくなってしまったとのこと。
二見堰堤がどういう姿なのかとても気になりますが、残念ながら資料らしいものは見つかりませんでした…
なおこの支線は黒部峡谷鉄道ではなく、関西電力が直接管理しています。
通行禁止の札の奥、右方向へ分岐していくトンネルがうっすらと見えますが、それが黒薙温泉へ通じる通路。アップダウンもなくて楽だそうですが…
途中「吊り橋の上にサルがいます」という車掌の放送があり、吊り橋を渡る姿をなんとか見ることはできたものの残念ながら撮影は出来ませんでした。しかし車掌さんの観察眼もすごいですね…黒部峡谷鉄道の案内は目が良くなければ務まりません。
新山彦橋を渡ればもう終点の宇奈月はすぐそこです。車内から見てみると遊歩道となっている初代山彦橋との高低差がはっきりとわかります。
終点の宇奈月に到着しました。欅平からの所要時間は1時間17分で往路とほぼ同じですが、トンネル内の寒さが想像以上でだいぶ長く感じました。往復ともにトロッコ車両にしなくて良かった…
ただ風を切って走る気持ちよさ、トンネルの小ささや冷気、眼前に迫る絶景を感じるには箱形の特別客車・リラックス客車ではそがれてしまいます。黒部峡谷の雰囲気を存分に味わうためにも、往復どちらかはトロッコ客車に乗ることを強くオススメいたします。
宇奈月駅の2階は展示コーナーになっていて、黒部峡谷鉄道の歴史に触れることが出来ます。
一見すると臼のように見えるこれは木製の引湯管です。現在ではメンテナンス性に優れる合成樹脂製となっていますが、大正の頃に黒薙温泉から宇奈月まで引っ張ってきたのは木製の管でした。
他にもももいろクローバーZとコラボしたときのヘッドマークだとか、いろいろな展示品があります。宇奈月駅で時間が余った際は2階を覗いてみると面白いでしょう。
帰りの電車にちょうどいい時間になってきました。宇奈月温泉駅の手前から見えたのは…17480形?
さすがに富山県まで来て元東急8590系に乗りたくはありません。見た目もさることながら車内も東急時代のままオールロングシートとなっており、それで富山までの2時間を過ごすのはごめんです。見送りましょう。
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