「国産旅客機」ともてはやされた三菱航空機のMRJ(Mitsubishi Regional Jet)改めMSJ(Mitsubishi SpaceJet)の開発が2023年2月にポシャってから早くも2年弱。資産管理会社の解散も決定し、いよいよMSJは終幕ということになりました。
MSJの完成機は飛行試験のためにアメリカへ渡った1~4号機、日本にとどまっていた10号機がありましたが、2024年7月4日(MSJ資産管理(株)の特別清算発表)の時点でアメリカにいた4機はすでに解体済み。飛べるヒコーキとしての姿を残しているのは10号機だけです。
三菱重工にとってみればMU-300から新たに加わった負の遺産でしかないわけですが、飛行試験にまで至った貴重な機体には違いありません。
幸いにして試験10号機は解体されることなく、開発拠点のすぐ隣にある「あいち航空ミュージアム」で展示される見通しとなりました(2024年3月26日 読売新聞)。将来の航空産業の発展に活かされるような展示になることを心より願っています。
<開発中止が発表された直後の2023年3月8日、試験初号機のJA21MJもモーゼスレイクで解体された。2023年4月までに全4機が解体済み>
Wrecking crews dismantled one of Mitsubishi Aircraft’s SpaceJet prototype regional jets at Moses Lake on 8 March. Pictures show the aircraft – an M90 variant – being torn apart by heavy machinery at Grant County International airport.https://t.co/fx1JWhIWOF pic.twitter.com/9xBFfQCQPZ
— Ryan Chan 陳家翹 (@ryankakiuchan) 2023年3月9日
<Twitter(現X)にはJA21MJの解体されている写真が掲載されており、見ていると悲しい気持ちになる>
さて、そのMSJの失敗は三菱重工と国が8,000億円ぐらいの損失をかぶって終わった…ように見えましたが、いつか納入されることをアテにしていたために厳しい状況に追い込まれている航空会社があります。
全日本空輸(ANA)を抱えるANAホールディングスです。
MRJ、後のMSJはANAと日本航空(JAL)という日本の大手2社とも導入を決めていましたが、特にANAはローンチカスタマーという重要な立場にありました。
横文字で“Launch Customer”と書くとイヤらしく見えますが、
「ANAが一定の数を注文したので、MRJの開発プロジェクトを始めます!」
簡単に言えばこういうことです。
もちろん最優先に初号機が納入されるので、ANAとしては「世界で最初に日本の国産機MRJを導入しました!」という強いアピールになります。
試験用の機体にはローンチカスタマーのロゴが入ったり、あるいは納入先のデザインがまるごと塗られることも多く、試験3号機はトリトンブルーのANA標準デザインがバッチリ施されていました。
デモフライトで世界各地へ遠征したり大きな航空ショーで展示されれば、MSJだけでなくANAの知名度まで高める効果があるわけです。
しかし、MSJの開発は延期に次ぐ延期…
ローンチカスタマーである以上ANAは別の機種を導入するわけにもいかず、既存の機体はどんどん寿命が近づいてきます。
本来は70~90席クラスのMSJでBombardier DHC-8-Q400(74席)やBoeing 737-500(126・133席)を置き換えていく計画だったのに、MSJの開発遅れが響いてきます。
最初期のQ400は新しいQ400で置き換え、737-500の代わりに737-800を入れて…と綱渡りが始まりました(ちなみに追加導入のQ400と737-800は三菱航空機からの補償と言われています)。
それでもMSJが来さえすれば綱渡りは解消するはずだったのですが、冒頭で触れたとおり2023年2月で開発中止が決定してしまいました。
<ANAで現役の最も古いQ400は2003年7月デビューのJA841A(写真)>
あさかぜのような外野の人間が知るよりも早くANAは知らされていたと勝手に想像していますが、新規製造はQ400が2021年に休止、B737-800に至っては2019年6月で完了していますから、どのみち新造機を手に入れることはできません。
導入できるヒコーキがない中で、特にQ400の初期導入機の老朽化が深刻になっていきます。
グループのANAウイングスが運航するQ400のうち最も活躍が長いJA841Aは2003年7月導入、まる21年が経っています。離着陸の多いプロペラ旅客機の寿命は20年程度とされていますから、とっくに後継機が出ているのが当たり前の頃合いなのです。
20年を過ぎたからといってバラバラになることはまずありませんが、琉球エアコミューターやオリエンタルエアブリッジといった他社を見ると目に見えて故障が増えていたようです。
<故障が続いて後継機の導入が急務となっていたオリエンタルエアブリッジのDHC-8-Q200。後継機のATR42-600は正式デビューの2ヶ月前にピンチヒッターとして登板していた>
追い詰められたANAが現実的だと判断したのは中古のQ400を導入することでした。
経歴が浅く、事故歴がなく、整備が適切に行われてきた、状態の良いQ400をANAの仕様へ改修し、メーカー(現在はボンバルディアから製造権を引き継いだデ・ハビランド・カナダ)の保証をつけた、クルマでいう「認定中古車」として2025年から導入します。
ちなみに大手の航空会社が中古機を買ってくるのは珍しい話ではありますが、全く例がないわけではありません。ANAウイングスの前身エアーニッポン時代には中古のB737-500を導入していましたし、アメリカのデルタ航空はB757やB717の中古機を買いあさっていた時期がありました。
<ANAウイングスが運航していたBoeing 737-500の中には、デンマークのMaersk Air(現在は消滅)で運航されていた中古機もいた>
ANAウイングスが導入する中古のQ400はいずれもLOTポーランド航空が運航していた機体で、製造は2012~13年とおよそ10年新しいもの。早くも日本での登録も予約されている(JA466A~JA472A)ので、すでに秒読み段階へ来ています。
ただこの7機を入れたとて20年の節目を迎える機体は続きますし、ダッシュ8(DHC-8)シリーズの製造権を手にしたDe Havilland CanadaがいつQ400の生産を再開するかはわからないままです(英語版Wikipediaによれば2033年までに再開する計画)。
ANAグループ自身、2026年度からQ400の退役を進める方針を示していますので、その後継機を決めるとともにMSJの穴を埋める機材も決めるという大変な作業が待っています。
現実的な選択肢はだいぶ限られてくるわけですが、この頃機材選定でハズレを引くことの多いANAグループが果たして順当に後継機を決めることができるのか、不安を抱きつつ見守りたいと思います。
ちなみに2024年9月現在、Q400と同じ70席クラスのプロペラ機(ターボプロップ機)はATR72-600(72席)のみ。
70~90席クラスのリージョナルジェットもエンブラエル・E-Jetシリーズぐらいしかなく、あるいは一回り大きなエアバス・A220-100(旧 ボンバルディア・CS100)という選択肢もあり得るかな、ぐらいの感覚です。
ただATR72にせよE-Jetシリーズにせよ、ライバルのJALの後塵を拝する事実には変わりありません。それをANAのプライドが許すのかどうか…?
<CS100改めA220-100は1クラス標準110席とMSJよりは大きいサイズ。写真はCS100よりさらに大きなAirbus A220-300。>
ところで、ANAと同じくMRJ改めMSJをオーダーしていた日本航空グループは今のところ涼しい顔をしています。
プロペラ機はグループ全体でATR42・72への置換えが完了していますし、MSJへのつなぎとして導入した70席クラスのE170は2008年から、90席クラスのE190は2016年からとどちらもまだ機齢に余裕があります。
E170の後継機には開発が一時中断している次世代モデルE170-E2(2027年~運航開始予定)を待つ余裕さえあるので、しばらくは静観といった構えなのでしょうかね。
<JALグループのE170では最古参のJA211Jは2008年導入と、まだ経年には余裕がある>