国鉄フアランポーン駅、正式名称「クルンテープ(Krung Thep)駅」に戻って来ました。一日中暑いところにいたので、駅構内の涼しさがより一層心地よく感じられます。
いよいよこれから旅行記のタイトルになっている「貸切車両で行く夜行列車の旅」が始まるわけですが、その前哨戦としてフアランポーンからバンスー新駅まで普通列車で移動します。
幹事を務めてくれている後輩からは「18:20のバーンパチ・ジャンクションゆきに乗ってください。私は行けません」という連絡が来ていたので、勝手に列車に乗り込んで集合場所まで行くという大雑把さ。みんなそれなりのことを自分1人でできる人ばかりですからね。
窓口でバンスー駅までのきっぷを買ってきました。
「バンスーまで大人1枚ください(英語)」
「2バーツです。6:20の列車に乗ってね(英語)」
と丁寧に発車時刻まで教えてくれました。
運賃2バーツ、日本円にして8円とは旅行者からしてみればタダ同然です。MRTで両駅間を移動すると乗り継ぎがある上に40B以上かかった気がしますから、いかに国鉄の列車が安いことか…
ただ上の写真を見ていただければわかるように、フアランポーンから出るのは18:25発のチャチュンサオ(Chachoengsao)ゆきが最終。この列車はバンコクを出てすぐに東線へ入ってしまうので、バンスー新駅へ向かうには18:20のアユタヤ方面バーンパチ・ジャンクション(Ban Phachi Junction)ゆきが最後になります。
初対面の後輩と合流し、目当ての列車へと向かいます。
18:20発のバーンパチ・ジャンクションゆき313列車はALS型が引っ張る客車列車です。今朝見たGE型と同じ電気式のディーゼル機関車で、派生型と併せると113両が導入されました。メーカーはフランスのアルストム。
導入は1975年と45年以上活躍する大ベテランの機関車ですが、まだまだ第一線で活躍を続けています。
後ろに続く3等客車はカラーリングこそ統一されているものの、よく見ていくと微妙に仕様が違います。写真に見える車両は特に古びた様子で、窓枠は立て付けの悪そうな木製。もちろん冷房はありません。
隣で出発を待っているのは18:25発の最終列車チャチュンサオゆき。NKF型という日本製の汎用気動車です。日本車輌、日立、富士重工(現 SUBARU)、川崎重工、新潟鐵工所(現 新潟トランシス)、近畿車輛が製造を担当し、後継車のNKH型と合わせて100両以上がタイへ輸出されました。
3等車なのでもちろん非冷房です。近寄るとエンジンの排熱で暑いの何の!
駅の横にある車庫にはJR北海道から譲渡されたキハ183系の姿も見えます。定期運用は持たずにチャーター列車を主軸として活躍しており、バンスー新駅の開業イベントでも国のお偉い方を乗せて走りました。運転席の上にあったライトが撤去された代わりにエンブレムの横へライトが増設されたりましたが、キハ183系0番台の原型をほぼ保っており、わざわざ日本のマニアも撮影に行くほど人気のある車両です。
むしろ元のデザインそのままに再塗装されたおかげで、JR北海道での現役時代よりもきれいなんじゃないかと思えるほど。
見えづらいですが、行先表示には「特急オホーツク マッカサン工場」という遊び心あるステッカーが貼り付けられています。
新型コロナウイルスが流行したせいで営業運転の開始が2022年のクリスマスイブと大幅に遅れた同車ですが、今後は第2編成の登場も予定されているので、より活躍の場が広がりそうです。
※第2編成は2023年8月までに4両全てが出そろい、試運転を開始したとのこと
我々が乗車している3等客車はこんな感じ。日本の国鉄型車両によく見られた懐かしのボックスシートが並びます。
一部は日本の国鉄10系客車がベースになっており、この車両も車体形状から見てどうやらそれのようです。台車・台枠を日本が提供し、1984年頃までタイ国鉄マッカサン駅併設の工場で製造されていたとか。
その中でも微妙にバージョン違いがあったりするようなので、いよいよタイ国鉄の客車はよくわかりません。
ゴロゴロゴロ…と金属の転がる感触とともにフアランポーンを定刻通り発車。さほど速度を上げることなくゆったりと進んでいきます。
発車するなり軍人のような車掌がチキチキ…!とハサミを鳴らしながら検札をして回ります。QRコードをスキャンする様子はなく、パチンとハサミを入れられて突っ返されます。
7.5kmを20分かけてバンスー・ジャンクションに到着しました。我々のような外国人がいたからか、到着前には車掌が「Bang Sue, Bang Sue, Bang Sue!!!」と大声で呼びかけて回っていました。
駅なんだかよくわからないところからお客さんが乗ってきたり、踏切にいたっては列車よりもクルマの方が優先だったりと、抱いてきた鉄道への常識を覆されて面白い経験でした。
フアランポーン方面からバンスー新駅への線路はほとんどつながっていないため、フアランポーン発着の列車は従来からの地上駅、バンスー・ジャンクション駅に到着します。
目の前にそびえるバンスー新駅とは別の駅という扱いで、ここもまた初めてタイ国鉄に乗る人にはわかりづらいところです…あさかぜも現地に行くまではさっぱり意味がわかりませんでした。
昼間アユタヤ観光に行っていたひかげ氏が、我々の到着を待ってくれていました。道路の反対側にある屋台のような飲食店で夕食にします。
店員のお兄さんは「ドリンクはファンタグレープやコカコーラがあるよ」と言っていましたが、どう見てもコカコーラ社の製品ではありません。その辺もタイらしい適当さなので「マイペンライ」って感じ。
夜ご飯は60Bのビーフヌードル。いろいろな部位の肉がゴロゴロと入っています。パクチーの風味もしますが、唐辛子の辛さが上書きしてきます。だいぶ辛い…!
幹事の後輩たちもDD51型の見学から戻って合流したので、改めてビールでも乾杯です。
2枚上の写真の端っこに写っていた遮断機もない狭い踏切を渡って、いよいよバンスー新駅へ。駅の正式名称は「クルンテープ・アピワット中央駅」。Krung Thep Aphiwatとは「バンコクの繁栄」という意味だそうで、現国王のラーマ10世によって名付けられました。
空港ターミナルばりの大きな建物が「首都バンコクの玄関口なんだぞ」という威圧感を見せてきます。
何せ駅舎のサイズは長さ600m×幅250m、1階がコンコース、2階と3階にそれぞれ6面12線を配置できるというとんでもない規模。在来線が2階に発着し、3階は中国主導で計画が進められている高速鉄道が発着する計画です。高速鉄道は一部区間で着工されたもののいつ開業できるかは定まっていない、というところにタイの悪い一面が見えてきますが…
写真の左端にはフアランポーン駅で見た無料のシャトルバスが待機しています。道路が空いていれば20~25分ほどでアクセス可能。
全員が集合したことを確認してから、いよいよのりばに向かって歩いて行きます。
…が、これがまた果てしなく長い。
巨大な駅舎にしたせいで歩く距離が長くなり、しかも全体的に案内サインが少ないこともあって、いまひとつ自分の向かう先がよくわかりません。この広さはタイ人からも不評のようで「ただ巨大で疲れるだけ」という批判も寄せられているとか。
新駅の整備に並行してバンコク北部近郊のRangsit(ランシット)駅まで都市鉄道「ダークレッドライン」が整備されました。最新の車両で高頻度運転を行い、遅くて遅れて本数が少ないという国鉄のイメージを大きく向上させるためのプロジェクトです。
ようやく改札口が見えてきました。
ダークレッドラインは旧中心街ともいえるフアランポーンへの路線計画もありますが、これも例によってさっぱり進んでおらず未定。代替路線もなくフアランポーン~バンスー新駅間を廃止しようとする政府も行き当たりばったり感がありますが、一方で「廃止に反対する国鉄は国鉄で、線路や施設の利権を維持したいから」なんていう話もあるそうで、なかなかややこしい情勢なのが伝わってきます。
とにもかくにも、2023年1月19日の開業日から長距離列車を中心に1日52本がバンスー新駅に移管されました。普通列車62本が引き続きフアランポーン駅の発着として残され、しばらくはこの形態が続きそうです。
何でも整備のために新しい車庫を使おうにも、バンスー新駅の北側にある車庫へはスイッチバックしなければ入庫できないそうで、今以上の増発は不可能じゃないかと言われているとか。
何もかもグダグダですねぇ…
ようやく改札口に到着しました。駅構内がフラットでキャリーケースを転がしやすいだけマシと言うべきかもしれませんが、「マイペンライ」ではちょっと済まされない遠さではあります…
出入り自由だったフアランポーン駅に対してバンスー新駅では明確に改札の内外が区切られていますし、ホームに入れるのも乗車列車の発車20分前からとだいぶ厳しくなっています。しかも写真撮影も基本的にNGということで、タイの列車に乗ることを楽しみにしているような国内外の鉄道マニアからは評判が輪をかけてよろしくない様子です。
ただし、貸切列車や貸切車両のように周囲の一般の乗客に影響を与えることのない場合は緩いという説もあって、なんだかよくわかりません。
まもなくデンチャイゆきの快速107列車の改札時間となり、団体客の我々は一足先にホームへと通されます。
「撮影NGで係員に怒られる」という前評判を聞いてはいたものの、ホーム上の駅員も警備員も特に止めに来る気配はありません。貸切車両だから…?
おかげでこれから乗車する車両をじっくり眺めて写真に撮ることができます。
列車の最後尾につながれているのはA.N.S.206号車、JR西日本でスハネフ15 18として活躍していた元14系15型です。カラーリングや連結器周りこそタイに合わせて変更が施されていますが、車両の出で立ちは14系時代そのまま。
2023年にもなって14系寝台車に乗れるだなんて考えたこともありませんでしたから、これからの旅路に心が躍ります!
現地では2等寝台車として扱われています。朝にも触れたとおり、14系と24系は合わせて44両が海を渡りました。韓国・大宇製および中国・中車製の2等寝台車は線路に並行にベッドが配置されるプルマン式ですが、日本から渡った14系・24系のB寝台車は線路に垂直のベッド配置が基本です。
どちらが良いかと言われたら難しいですが、日本式のベッド配置は4人向かい合わせるコンパートメントのような個室感があります。しかし知らない人と空間を共有することを思えば、今のような時代にはプルマン式の方が向いているのかもしれませんね。
20:45、定刻通りバンスー新駅ことクルンテープ・アピワット中央駅を発車しました。これからタイ北部のデンチャイに向けて約520kmの鉄道旅が始まります。到着予定時刻は明朝5:15、所要時間は8時間半の予定。
懐かしの横揺れを味わいながら通路の壁から引っ張り出すイスに座ると、幼少期の記憶がわずかながらよみがえってきます。
熊本県の祖父母宅に向かう寝台特急「はやぶさ」の車内で、気持ちが高ぶってさっぱり眠れず、ずっと静岡県内までこのイスに座って外を眺めていました。
前年の「リゾートやまどり」に引き続き、今回も後輩のとよだふどう氏が気合いを入れた車掌コスプレを披露してくれました。左に写る組合員氏は、大宮駅の鉄道グッズショップで売られている寝台車備え付けの浴衣を着用。
一度は見てみたかった国鉄時代の寝台車の雰囲気が、まさにここで再現されています。日本からはるか離れたタイという国で。
本物のタイ国鉄の車掌も何回かは巡回しに来ましたが、そのうちにどうでもいいやと思ったのか全く来なくなりました。いいんだか悪いんだか。
とよだふどう氏のX(旧Twitter)
通常の寝台車では就寝前に係員が回ってきてベッドメーキングをしてくれるそうですが、我々は貸切車両ということでか済んだ状態でした。今日一日歩き回って疲れたので、早々にベッドにごろんと横になります。
下の方から聞こえてくる走行音が心地いいBGMとして眠気を増幅します。
ちなみにタイ国鉄の車内は禁酒です。国鉄の臨時職員が酒に酔って中学生の女の子を強姦殺人した、という事件が過去にあったためだそうで、乗客が飲んでいるのを発見した場合は列車から降ろされることもあるとか。
まぁ車掌が回ってこないこの様子なら飲んでもわからなそうなものですが、もう今日はこのまま気持ちよく眠ってしまえそうです。