※ここで取り上げる内容はまだ発生から間もない事件・事故です。推測による判断やまだ解明されていない内容を多分に含みますので、最新情報は各自でご確認ください。
2023年5月26日、アシアナ航空 OZ8124便(済州 チェジュ→大邱 テグ)での出来事。大邱空港への着陸直前、非常口付近の座席に座っていた男が突然目の前の客用ドアを開けるという事件が発生しました。
幸い無事に飛行機は空港へ着陸し、乗客・乗員ともケガはありませんでした。
ただ乗り合わせた乗客9人、多くは10代の学生だったそうですが、パニックによる過呼吸で病院へ搬送。それも2時間後には全員退院できたそうですから、精神面でのショックは別として生命が無事だったのは何よりです。
<当該機のアシアナ航空エアバスA321-200(HL8256)。ドアを開けられたのは反対側。2018年4月、福岡空港にて>
ドアを開けた男は到着後すぐ警察に逮捕されました。「失業したショックで息苦しくなり、外へ出たかった」という供述をしているそうで、何らかの精神疾患を抱えていたのかもしれません。
韓国メディア「MBN」によれば、男は飛行機がまだ地上滑走をしているにもかかわらず外へ飛び出そうとしていたとか。
ジェット旅客機の着陸速度は時速250~300km/hぐらいになりますから(シミュレーションゲーム「MSFS2020」では、A320neoで145kt≓268km/hぐらいは出ていたはず)、接地直後に飛び降りていたなら原形をとどめていなかったことでしょう…
CAや周囲の乗客が飛び出そうとする男を押さえ込んで事なきを得たようです。
それと、旅客機で人が乗り降りするための大きなドアには脱出シューターがついています。機内の安全ビデオや「安全のしおり」に出てくる、ガスでふくらむ大きな滑り台みたいなもので、ドアを開けると自動的に展開する仕掛けになっています。
たまに日本でもうっかり展開してしまって欠航になった、なんて話がありますね。今回の事件では飛行中にドアが開いたので、脱出用シューターが展開した形跡が当該機の写真からわかります。シューターは機体のドアから地上まで届くような大きさですから、飛行中に出てしまったら結構な空気抵抗であったと想像できます。
機体の姿勢はコンピュータが制御したりプロのパイロットが維持しているとはいえ、バランスを崩してもしものことがあったら…考えると恐ろしいモノがあります。
ただ普通はそうならないよう、飛行機のドアはそう簡単に開けられないようになっています。機体の構造材も兼ねているので頑丈で重い、というのもありますが、上空では気圧の差でドアが強力に外側へ押し付けられているからです。
実は乗降用のドアは、開口部のサイズよりもほんの少し大きくできています。開けるときはドアを一度内側に引っ込めてから、少し斜めにして機体の外側に出したり、上へ跳ね上げたりします。
旅客機の多くは高いところを飛んでいても呼吸ができるように機内は与圧されていますから、空気が薄い機外との気圧差で外側へ強い力が働きます。ハガキ大の面積に最大で90kgの力がかかっていると聞いたことがあるので、人が出入りできるドアなら数百キロ~数トンの力がかかっているわけです。
ドアを開口部より大きく作ってあるおかげで、ドアは外側にものすごい力で押し付けられて人が引っ張っても開くことはありません。
ただ今回の事件では、着陸寸前で低い高度を飛んでおり、機外との気圧差がほとんどなかったことに加えて、男が体重120kgの巨漢で目一杯体重をかければドアを開けることができてしまった、という理由があるようです。
<乗降用の大きなドアは開口部より少し大きく作られていので、ロックを解除しても上空では気圧の力で開けられない。写真は以前の政府専用機、B-747-400>
じゃあこの事件を防ぐことができたか、と言われると素人目にはかなり厳しいのではないかと感じました。
一般人が不用意に操作できないように非常時以外はロックする、という考え方もありますが、これは「非常口」としての意味をなさないのでNGです。
大きな事故、トラブルがあれば、コクピットからロック解除ができるとは限りません。パイロットが無事でも、システムの損傷でロックの解除ができない可能性もあり得ます。
有事の時に脱出できなければ死に直結します。
また、飛行中にCAの指示に従わなかったり、他の乗客に危害を加えるなど、安全運航に支障を来す行動を取った場合。
こうしたときは機長の権限で身柄を拘束することができますが、今回の事件ではそうした予兆がなかったのかもしれません。着陸する寸前まで特に異常のない「普通の乗客」であったなら、拘束のしようがありませんからね…
一部では「アシアナ機のCAが男の行動を止めることなく座っていた」という批判もあったようですが、先ほども書いたように、飛行中は機内外の気圧差で吸い出されて機外に放り出される危険がありますから、ドアを開けられてしまったらなおさらシートベルトは外せません。乗客も、保安要員であるCAも同じです。
いくら低高度だとしても、飛んでいるということは300km/hぐらいは出ているわけですからどのみち危ない。付帯事故を防ぐためにも、声かけはしても席に着いていたCAの行動は正しいものです。
接地後、ドアの安全バーを設置し、男を刺激しないよう周囲に目配せをしながら取り押さえたという話ですから、むしろ賞賛すべきことだとあさかぜは思っています。
思いつく対策といえば非常口座席に座る前に精神障害者手帳をチェックするぐらいしかありませんが…
それはそれで人権問題や差別意識につながることなので無理筋でしょうね。みんながみんな手帳を持っているわけでもないですし。
この事件を受けて、アシアナ航空では当面の間非常口に近い座席の販売を停止するとのこと。他の航空会社でも充分に起こりうる事件ですから、頭の痛い話です。
<新幹線には空気シリンダーでドアを外側に押しつける仕組みがある。これは車内の気圧変動で耳がツーン!となるのを軽減するため>
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参考資料:
韓国アシアナ航空機、飛行中にドア開く 機内で恐怖の光景 - CNN.co.jp
https://www.cnn.co.jp/travel/35204397.html
勇敢! その時、女性乗務員は”危険な出口前”に立ち塞がっていた =韓国アシアナ機非常口開放事件 - Yahoo!ニュース(オーサー記事)
https://news.yahoo.co.jp/byline/yoshizakieijinho/20230530-00351630
「失職後にストレス」…アシアナ機の非常扉開けた30代の男を送検 - 中央日報日本語版
https://japanese.joins.com/JArticle/305103?servcode=400§code=400
飛行中の韓国アシアナ機の扉、なぜ開いたのか - 朝鮮日報日本語版
https://news.yahoo.co.jp/articles/e559d7eaae06a99b5c56432323102e13ecf612a1
アシアナ航空の非常口開放トラブルで飛行中に開かないはずの扉がなぜ開いたのか - sky-budget
https://sky-budget.com/2023/05/27/asiana-airlines-news-5/