あさかぜみずほの趣味活動記録簿

旅行記や主に飛行機の写真をひたすら載せ続ける、趣味のブログです。たまに日記らしき投稿もあり…?

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2019年12月17日【札幌→稚内(宗谷岬)→名寄】

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IMG_20191217_063510 posted by (C)あさかぜみずほ

北海道は日が昇るのが早いとはいえ、冬の朝6時半ではまだほんのり空が白んでくる程度です。雪もなければほとんど凍ってもいない歩道をすすきの駅へ歩きます。

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IMG_20191217_071231 posted by (C)あさかぜみずほ

地下鉄のさっぽろからJRの駅まで歩く通路のそばにある「なか卯」でうどんでも食べようと思っていたら、まだ開店前でした…セイコーマートに立ち寄ってから駅のホームへ上がって、ホーム上の立ち食いそば屋で朝ご飯とします。

駅弁の販売も行う「弁菜亭」が営業している立ち食いそば屋。朝7時から営業しています。

いくら暖冬とはいえ、息を吐けば白くなるぐらいには寒い札幌の朝。これといって特筆することのないシンプルなそばが胃腸を優しく温めてくれます。

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側面に帯がないのは735系の特徴。アルミ車体の試験で3両編成2本が導入され、2年間の試験期間を経て2012年から営業運転を始めました。

車体がアルミ合金製で断面が違うことを除けば先に登場した731系とほぼ同一。この車両のあとにデビューした733系では従来通りのステンレス製に戻されました。

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室蘭ゆきの特急「すずらん」は785系が入っています。789系が函館から転属してきたため数を減らしましたが、まだ5両編成2本が在籍。

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発車10分ほど前になって稚内ゆきの特急「宗谷」が入線してきました。稚内までおよそ400kmを5時間かけて走る長距離列車です。

キハ261系の4両編成で稚内寄りの先頭車の半室がグリーン車です。JR北海道グリーン車はクオリティが高いですし、中国人のインバウンド客が乗らないので静かに過ごせるはずなのですが、元々の座席数が少ないこともあって空席は2席程度しかありませんでした。指定席は逆にガラガラでしたし、「えきねっとトクだ値」の30%割引が残っていたおかげで稚内まで片道7,000円とずいぶんおトクに。

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デビュー当初は空気バネを使った車体傾斜装置を使っていましたが、2014年にメンテナンスを理由に使用を停止。それに伴って先頭部についていた「Tilt261」のロゴも、Hokkaido Express Trainの頭文字から取った「HET261」へと直されてしまいました。

別に一般の乗客からすればチルトしようとそうじゃなかろうとどうでもいいわけですが、技術屋さんからすれば見過ごせない何かがあったのでしょうか…

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_DSC1556 posted by (C)あさかぜみずほ

札幌からおよそ30分で岩見沢に到着。乗客の半数近くは岩見沢で降りていき、そこそこ乗っていた指定席もすっかり静かになります。

奥に見えるのは室蘭方面へ向かう普通列車です。日高本線に用意された車両デザインですが、その日高本線鵡川~様似間という大部分が台風の影響を受けて運休中。利用実態を考えてももはや復旧するとも思えませんし、自治体との折り合いが付けば廃止されてしまうのでしょう。

夕張支線の場合は夕張市だけが相手だったので話もスムーズに進みましたが、日高本線の場合は複数の自治体が絡んでいて、しかも存続を要望しているところもありますから、決着がつくまではまだしばらくかかりそうです。

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IMG_20191217_090906 posted by (C)あさかぜみずほ

旭川を出るといよいよ車内はガラガラになってしまいます。インバウンド客はおろか日本人客だけで数人といったところ…

来週には職場の定例試験が控えているので少しは勉強しようと資料を出しますが…

シラフじゃとてもやっていられません。札幌駅で買ってきた「サッポロクラシック」を片手にとりあえず丸暗記にかかります。1週間あるわけですから、まだまだ余裕でしょう。

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_DSC1615 posted by (C)あさかぜみずほ

資料を端から端までおおよそ見終わったところで、いよいよやることがなくなりました。そもそも旅行先で勉強なんてナンセンス。

車窓に目を向けると札幌よりは雪があるものの、自分が思い描いていたような「北国の冬」ではなさそうです。うーん、どうにも北海道に来た感じが薄い…

名寄を出ていよいよ車内はすっからかんです。帯広や釧路、函館のような札幌から列車の本数が多くて行きやすいような場所ならまだしも、札幌からの直通は1日2往復、片道5時間という稚内では冬季でもさほど需要はないのでしょうか。

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_DSC1653 posted by (C)あさかぜみずほ

列車は日本最北端へ向かっているはずなのに、海に近づくにつれて雪がなくなってきてしまいました。沿線にはスキー場と思しき山がいくつもありましたが、どこも枯れた草が露出していてとても滑れるような状況ではなさそうです。北海道でこの有様なのですから、そりゃ東北地方でも雪が降らなくて困るわけです…

「日本最北の絶景区間」とも呼ばれる抜海駅付近では、急に視界がひらけて日本海が広がります。晴れた日には真っ青な海の向こうに利尻富士がそびえるとても美しい景色が見られるのですが、あいにくの空模様で海も鉛色。この雲行きでは今日1日の天気は期待できそうにありませんね。

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_DSC1668 posted by (C)あさかぜみずほ

札幌から5時間10分、定刻通り終点の稚内に到着しました。大学2年生の夏以来ですから、実に9年ぶりに日本最北端の駅までやってきました。あの当時はまだ古い駅舎でしたが、2011年に様々な施設を集約した複合施設「KITAcolor キタカラ」へと変貌しました。全面ガラス張りの近代的な建物で、むしろ駅はおまけのような存在になっています。

古い駅舎の頃は近づくことができた「最北端の線路」の看板は残念ながらガラスの向こう側へと移動してしまい、今は少し離れたところから眺めるだけです。

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_DSC1673 posted by (C)あさかぜみずほ

稚内駅、というよりはキタカラの外観。

コンビニ、観光協会、地場産品の売店、レストラン、道の駅、映画館、地域交流センター、バスターミナル、駅、高齢者住宅…などなど様々な機能がこの建物に集約されています。人口が減って各種施設の維持管理も自治体の重荷になってきますから、こうして集約させたほうが管理も楽になり、人も集まりやすくなるのでしょうね。

実際バスの待合室にはそこそこの人の姿があり、鉄道に用はなくてもバスの利用はある程度あるようです。

バスターミナルの窓口で宗谷岬往復の乗車券を購入し、まずはお昼ごはんとしましょう。

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_DSC1682 posted by (C)あさかぜみずほ

駅からロータリーを挟んで向かい側にある小さなラーメン屋「たからや」。11時~14時半までのお昼時しか営業していない地元密着のラーメン屋さんです。

雪こそ降っていませんがそれなりに寒いので、熱いラーメンで体を温めましょう。

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IMG_20191217_125617 posted by (C)あさかぜみずほ

メニューはシンプルに塩か醤油だけ。昔ながらの中華そばといった雰囲気です。

普段どぎつい家系だの二郎系だのばかり食べているので、久しぶりに食べるシンプルな醤油ラーメンのおいしいこと…!スープの上に載っているのはナルトではなくお麩。スープを吸って灼熱になります。

…この旅行記を書いているときに知ったのですが、ここのお店の主力は塩ラーメンの方だそうですね。次回行く機会があればそちらも食べてみたいところです。

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IMG_20191217_141002 posted by (C)あさかぜみずほ

稚内の駅前からバスに揺られることおよそ40分、ついにやって来ました日本最北端の場所「宗谷岬」!

それにしたって雪がほとんどありません。道端や丘の斜面に残雪のようにある程度。

国道の電光掲示板によれば風は7mもあって気温は5度。日本最北端まで来ているのにプラスの5度か…

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_DSC1703 posted by (C)あさかぜみずほ

順番を待って、あさかぜも「日本最北端の地」の記念碑の前で写真を撮ります。想像では雪に埋もれた碑を前にして「真冬の日本最北端までやって来た…それはそれは大変なものだった」と感傷に浸るはずだったのですが、これでは春に来ようと秋に来ようと景色が変わらなかったですね…

風が強いので真冬でもそこまで雪が積もらなそうな感じはありますが、それにしたって雪一つない状況は想像をしていませんでした。

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_DSC1695 posted by (C)あさかぜみずほ

近くに立っているのは間宮林蔵の像。現在の茨城県で生まれた人ですが、幕府の末端の役人となってからは現在の北方四島などを管轄する役所に配置されました。そのためか北海道の先住民が話すアイヌ語をだいぶ理解していたようです。

やがて1808年に樺太の調査を命じられ、樺太が島であることを発見したのもこの間宮林蔵です。島とロシア本土との海峡は「間宮海峡」と日本では呼ばれています。

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_DSC1701 posted by (C)あさかぜみずほ

後ろにそびえる丘の上に監視小屋のようなものが見えるので行ってみましょう。

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_DSC1715 posted by (C)あさかぜみずほ

1875(明治8)年、樺太千島交換条約によって樺太はロシア領となりました。つまり海を挟んだ目の前には日本にとって驚異となりうる強大な国家が現れたわけです。そこで日本は宗谷岬のすぐそばに続く宗谷丘陵に望楼を作り国防の要としました。

船の艦橋を思わせる石造りの頑強な望楼は下部をコンクリートで固められ、荒々しい宗谷岬の気候に耐えられるように作られています。日露戦争のあと太平洋戦争が集結するまで軍事施設として使用され、現在は稚内市内で唯一残る明治時代の建造物ということで市の有形文化財となっています。

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_DSC1723 posted by (C)あさかぜみずほ

1945年7月18日、稚内樺太・大泊(サハリン州コルサコフ)を結ぶ稚泊連絡船の「宗谷丸」がアメリカ海軍の潜水艦バーブから攻撃を受けました。民間船を守るため日本海軍の第112号海防艦が身代わりとなり、乗組員152名が宗谷海峡で殉職します。その乗組員の鎮魂のために1980年に作られたのが、この「宗谷海域海軍戦没者慰霊碑」。終戦のわずか1ヶ月前の悲劇でした。

こうした身代わりとなった話は英雄譚として語られがちですが、そもそも戦争が起きていなければ、激化していなければ、失われることのなかった命だったはず。戦争とは残酷なものです。

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_DSC1728 posted by (C)あさかぜみずほ

すぐ後ろに見える鶴のような20mもある大きな塔。「祈りの塔」と名付けられたこのモニュメントは、大韓航空機撃墜事件で失われた269の魂を鎮めるために作られたものです。

1983年9月1日未明、ニューヨークからアラスカのアンカレッジを経由してソウルへ向かっていた大韓航空007便。何らかの理由で飛行経路を外れ、007便は気付かないうちにソビエト連邦の領空を侵犯してしまっていました。

ソ連軍は通常通り灯火も光らせていた同機を「民間機を装ったアメリカ軍のスパイ」と判断し撃墜の命令を下します。午前3時半頃、ソ連軍のミサイルが007便に命中して操縦能力を喪失、そのまま稚内沖へと爆発を伴って墜落しました。

米ソ間の冷戦中ということもあって実態の把握には時間がかかり、ブラックボックスは冷戦が終結するまでソ連が密かに隠し持っていたので、なおのこと何が起きていたのかわからないままでした。

当時ソウル経由の航空券は安かったこともあり、発着国であるアメリカ、韓国に加えて28人の日本人旅客も命を落としています。

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_DSC1733 posted by (C)あさかぜみずほ

荒涼とした宗谷岬の丘をおり、稚内へ戻るバスを待ちます。着いたときから気になっていたきれいな社殿を見に行ってみます。

なんだか観光客向けのような雰囲気が漂う「宗谷岬神社」ですが、元々は少し離れた場所に1889年に創建された神社で由緒あるもの。2001年に現在の場所へと遷座したものだそうで、普段は無人であるものの50km近く離れた豊富町八幡宮が管理しているようです。

厳しい気候な上に真冬で観光客もいないからか、賽銭箱も屋内へとしまわれていました。夏の観光シーズンならそれなりに賑わうのでしょうか?お守りや御朱印といった類いもないそうですが…

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IMG_20191217_144232 posted by (C)あさかぜみずほ

オフシーズンなので周辺の飲食店や土産店など観光客向けの店舗はほぼ全部休業。最北端の碑のすぐそばにある「柏屋」というお店だけが開いていたので、旅の思い出にペナントと手ぬぐいを買って帰ります。

昭和のお土産という雰囲気のペナントですが、個人的には場所を取らない良いお土産だと思うんですけどねぇ…

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IMG_20191217_144809 posted by (C)あさかぜみずほ

14:10に宗谷岬に着き、14:55のバスで稚内駅に戻ります。滞在時間は45分ですが、記念碑やモニュメントを見て回る程度なら充分な時間です。ちなみに14:55の稚内駅前バスターミナルゆきは最終バスなので、これを逃すと自分で足を見つけて戻らなければいけません。

宗谷岬のバス停の前にはありがたいことに寒さをしのぐための待合室がありますが、あと10分足らずでバスが来るので近くをウロウロしながら待つことにします。

ご覧の通りレストランは冬場だと営業していない模様。

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_DSC1760 posted by (C)あさかぜみずほ

暖かいバスに揺られて再び稚内駅まで戻ってきました。夕方4時になるとかなり暗いですし、雨も本降りになってしまっているので、体感気温はずいぶん低めです。

当初はノシャップ岬の展望台を強行軍で往復してくるつもりでしたが、さすがにこの暗さと天気では行っても何も見えなそうです。せっかくですから駅の近くでお散歩を。

駅前には宗谷本線の車止めの先に線路の跡地が再現されています。傘を差してたどっていってみましょう。

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_DSC1762 posted by (C)あさかぜみずほ

といっても数十メートル続いたレールっぽいモニュメントは、そのまま砂利敷きの駐車場に吸い込まれて見えなくなってしまいます。駐車場を通り抜けるとどろんこになってしまうので、歩道を迂回していくと巨大な構造物が見えてきました。

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_DSC1776 posted by (C)あさかぜみずほ

稚内港北防波堤ドーム」。1936年に完成した防波堤です。

ここ稚内港の北埠頭は宗谷岬でも触れた稚泊航路が発着していた場所。航路の乗客が厳しい気候の中でも移動できるよう、1931年から5年もかけて作られたドーム型の構造物です。設計したのは北海道庁に入って3年という若さの人で、行政も若い人に思い切ったことをやらせたものです。

ドームのすぐ手前には稚内駅から線路が伸びて、鉄道から連絡船への乗継が考慮されていたと言います。先ほど稚内駅の近くに見えていた線路跡を模したモニュメントはきっと桟橋への連絡線の再現だったのでしょう。

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_DSC1781 posted by (C)あさかぜみずほ

外は冷たい雨が降りしきっていますが、ドームの中に入るととても静か。大泊へ渡る人はこのドームをどんな気持ちで歩いていたのでしょうか。

稚泊航路への連絡通路だったドームは、現在は北海道遺産などに指定されて一般開放されています。天気が悪いからか、ここでイヌの散歩をしている人も何人かいました。

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_DSC1802 posted by (C)あさかぜみずほ

北埠頭には連絡船の代わりに海上保安庁の巡視船「りしり」が停泊していました。2016年に就航した新しい船で、後部甲板にはヘリコプターも搭載できます。総トン数は約1,500tで、稚泊航路で運航されていた船に比べると半分ぐらいの大きさ。

それにしても真冬に氷を割って進むような船が3,000~3,500tだったと聞くと、ずいぶん小さく感じられます。

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_DSC1812 posted by (C)あさかぜみずほ

ドームを出て稚内駅へ戻ろうとするとまた冷たい雨でびしょびしょになります。少し離れた170mの丘の上には高さ80mある「稚内市開基百年記念塔」の姿がうっすらと見えます。海抜240mの展望台からは遠くサハリンも見渡せるそうですが、今日の天気では何も見えなかったでしょうね。

…どのみち10月末~4月下旬までは冬季休館で入ることさえできないのですが。

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IMG_20191217_170553 posted by (C)あさかぜみずほ

びしょびしょになりながら散歩をして戻ってきても、まだ乗車する列車までは1時以上も余裕があります。外も真っ暗で特にやることも見当たらないので、ひたすら改札口の前の待合スペースで折り返し列車の到着を待ちます。

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IMG_20191217_163611 posted by (C)あさかぜみずほ

北海道へ来たなら飲んでおきたい飲み物「ソフトカツゲン」。北海道だけで売られている乳酸菌飲料で、関東の人にはサントリーの「ビックル」がイメージしやすいでしょう。

180mlの小さなパックから1Lの大きなものまで複数ラインアップされていますので、お好みのものを選んでください。ただペットボトルでは売られていないようなのでお土産には向きません。

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_DSC1822 posted by (C)あさかぜみずほ

発車およそ10分前、「サロベツ」の折り返しで最終の特急「宗谷」札幌ゆきの改札が始まります。といっても乗客は10名程度で寂しい景色です。

札幌~稚内間はJR北海道の特急「宗谷」「サロベツ旭川乗換)」の他に、宗谷バス北都交通が共同運行する高速バス「わっかない号」「はまなす号」もあります。所要時間は5時間50分とJR特急に比べると1時間近く多くかかりますが、運賃は片道6,200円と4,000円も安くなります。加えて夜行便も含めれば1日6往復が設定され、両都市間だけの移動を考えればJRよりも便利です。

ただし札幌を朝イチに出るバスに乗らないと、宗谷岬へはその日に到達できませんのでご注意を。

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_DSC1829 posted by (C)あさかぜみずほ

運賃が多くかかろうとも鉄道で行けばトイレに立つのも自由ですし、高速バスよりも座席の間隔があるので窮屈な思いは軽減されます。そのあたりは鉄道の利点でしょう。

JR北海道はえきねっとの割引運賃「えきねっとトクだ値」を導入し、主要区間では正規運賃よりもかなり安く乗れるようになっています。今回は35%OFFとなっていたおかげで、札幌~稚内間は運賃・指定席特急券をセットで7,200円。高速バスとは1,000円の差しかありません。この程度だったら個人的にはJRを選びますね。

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_DSC1832 posted by (C)あさかぜみずほ

稚内から2時間半を要して名寄に到着。所要時間で見れば札幌との中間地点になるんですね。北海道は広いものです…

到着前に車掌さんが回ってきて、

「名寄駅の窓口はすでに終了しております。ご不要であればきっぷは回収いたしますし、もしよろしければ記念にお持ち帰りいただいても構いません」

とのことなので、ありがたく記念に頂戴して帰ります。名寄駅での下車は3人。あさかぜ以外は地元の方のようで、迎えのクルマが来ていました。

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_DSC1838 posted by (C)あさかぜみずほ

先ほど触れた「えきねっとトクだ値」ですが、稚内~名寄間のような他の交通機関とほぼ競合しない区間には設定がありません。それゆえ札幌→稚内は7,200円だったのに、所要時間半分の稚内→名寄は7,240円と逆転してしまいます。そうでもなきゃJR北海道も収益が上がりませんから仕方がありませんけどね。

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IMG_20191217_205415 posted by (C)あさかぜみずほ

今宵の宿までは駅から徒歩およそ10分。雪の中でキャリーケースを引っ張ってくるのはなかなかしんどいものがありました…冬場の旅行は荷物の持ち方を考えねばなりません。

バスタブまでついた広い部屋なのに、1泊は5,000円ちょっとと破格です。さらにチェックイン時に希望すれば同じ運営元の居酒屋の割引券までもらえます。至れり尽くせりで恐縮してしまいます。

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IMG_20191217_220121 posted by (C)あさかぜみずほ

せっかく割引券をいただいたので、ホテルから歩いて5分ほどの「鳥長」へ。旅行するときはだいたい一人なので、「一人居酒屋」も慣れたもんです。

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おいしい鳥料理とお酒を味わいつつ、お店の一押し「温玉煮込みジンギスカン」(下写真。食べかけですみません)をいただきます。甘さが強めの甘辛タレで煮込まれたジンギスカンが暴力的においしい。今日はお酒がお供ですが、白いご飯があれば猛烈に進みそうな味付けです。羊肉独特のニオイも全く気にならず、羊が苦手という方でもぜひ食べていただきたい一品です。

ハイボールを飲んで日本酒を飲んで、なんだかずいぶんいい気分になってしまいました。観光客からみれば地味な街に映るかもしれない名寄ですが、とても良いところです。機会があったらまた来てみたくなりましたね。